俳優・映美くららさんの着物の時間──着物には無限の楽しみ方があり、自分なりの着こなしができるのも魅力
撮影・黒川ひろみ ヘア&メイク・chiSa(SPEC) 着付け・小田桐はるみ 文・大澤はつ江 撮影協力・三聖山 慧然寺
祖母から受け継いだ総絞りの訪問着。今日初めて袖を通しました
黒地の総絞りに松竹梅を描いた訪問着。合わせた雲取り模様の袋帯が着物を引き立てる。それをさらりと着こなし、すっと立つ俳優の映美くららさんを見ていると、着物とはこんなにも美しく、魅力的なものかと改めて思ってしまう。
「帯は郷里の知人から譲られたものなのですが、着物と帯揚げ、帯締めは祖母のもので、今日、初めて袖を通しました。8年前に実家を建て替えることになり、祖母の着物などを整理しました。母はお宮参りや七五三など、私たちの節目には着物を着ていましたが、頻繁には着ないので、そのほとんどを私が受け継ぐことに。昭和初期生まれの祖母はよく着物を着ていて、本当に着物が好きでした」
どんなときでもきちんと着物を着こなし、手早く家事をこなしていた。そして、こんなこともありました、と子どものころに目にした祖母の着物エピソードを教えてくれた。
「我が家では餅つきをはじめ、新年の準備を総出で行うのが習わしで、特に大晦日はお節の仕度で大わらわ。祖母が先頭で采配をふり、全員が力を出し切って年を越し、元日の朝を迎えます。皆なは洋服で祝いの席につくのですが、祖母だけはきちんと髪を結い上げ、格のある着物を着ているんです。あんなに遅くまで作業していたのに、いったいいつ寝たのだろうと不思議で……。でもその姿が素敵で、いつも憧れていました」
祖母の影響もあり、いつか気負わずに着物を楽しみたい、と思うようになった映美さん。
「着物と親しむようになったのは宝塚音楽学校に入学したことが大きいですね。初めて自分で選んだ着物は宝塚音楽学校合格日に作った赤い着物(下写真)です」
宝塚では合格したその日に制服と正装の緑の袴と黒紋付、そして色物の着物を作るのが習わしだ。
「ずらりと並んだ色とりどりの反物の中から、私を呼んでいたのがこれでした。赤い着物がいいな、と思っていたので、広げた瞬間に柄にひとめぼれ。即決でした」
音楽学校の授業は声楽、ダンス、日本舞踊、演劇など多岐にわたる。映美さんも初めて日本舞踊を習うことに。
「毎日、日本舞踊の授業があり、当たり前ですが、自分で着物を着なければならない。前の授業から日本舞踊の授業まで10分しかないこともあり、必死に着替えました。着付けは先生に教えていただいたり……。同期とはいかに早く着替えるか、を研究。卒業するころはずいぶんと手慣れてきました。宝塚時代に着物での歩き方、身のこなし方など、所作をきっちりと学んだことが私の財産です」
退団後は時代劇などの出演も多い。
「演じる時代や役の身分によって、着物の着こなしだけでなく、歩幅や立ち居振る舞いが違ってくるので、それを踏まえて演技を行います。所作指導の先生からの指摘も理解できるので、日本舞踊を通して学んだことが身についているのだな、と思っています」
今後は、プラベートで着物を着る機会を増やすのが目標という。
「紬から訪問着まで、いろいろな着物を祖母から受け継いだのですから楽しまなければ。帯締めや帯揚げも祖母が残してくれたので、組み合わせを考えるのも楽しいひとときです。着物は同じなのに帯を替えるだけで、かわいらしい小紋が小粋になったり、着物と帯は同じでも、帯締めを濃いめの色にすれば、ワンポイントになり全体が引き締まる。着物には無限の楽しみ方があり、自分なりの着こなしもできる。そしてなにより、代々受け継ぐことができる。それが着物の魅力なのでは? これからも着物の魅力を発信していきたいと思います」
『クロワッサン』1166号より
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