考察『豊臣兄弟!』19話 過去と向き合う慶(吉岡里帆)と小一郎(仲野太賀)。夫婦がついに抱き合う時。
文・ぬえ イラスト・南天 編集・小池貴彦
天下人、織田信長
小一郎(仲野太賀)が新たな家族を得る19話。
そこに至るまでの、戦いの時代に翻弄され、涙する弱き人々が描かれた。
天正3年(1575年)11月。
織田信長(小栗旬)は嫡男の信忠(古関裕太)に家督と岐阜・尾張の領国を譲る。
このとき信長は42歳、信忠19歳。
藤吉郎(池松壮亮)が問う。
「上様はいかがなされるのでございますか?」
これまで藤吉郎は信長に「殿」と呼びかけていた。
今回から「上様」である。
家督相続の少し前に、信長は朝廷より権大納言の位を授かり、併せて右近衛大将に任ぜられた。この右近衛大将は征夷大将軍と同格であるため、将軍への敬称「上様」が使われるようになった。
朝廷から認められた武家の頂点、天下人だ。
藤吉郎に問われて信長、
「新しい景色が見とうなった。安土に移る」
天正4年(1576年)1月、琵琶湖のほとりの安土(現・滋賀県近江八幡市)で築城が始まる。
地上6階地下1階、標高198mの山の頂に高さ約32mの天守(天主)を構える巨大な山城だ。
天守からの眺めは、文字通り新しい景色だろう。
赤子を迎える羽柴家
いっぽう羽柴家には、新たな息吹が舞い込んでいた。
結婚して10年以上、子に恵まれなかった藤吉郎と寧々(浜辺美波)が、前田利家(大東駿介)とまつ(菅井友香)の娘、豪姫を養女として迎えたのだ。
小一郎に「あんたら夫婦もそろそろ」と子を作るよう促す、姉のとも(宮澤エマ)。
ちなみに、16話(記事はこちら)で宮部継潤(ドンペイ)に養子という名の人質として取られた、ともの息子の万丸(小時田咲空)について。
浅井家が滅んだことで、人質の必要はなくなった。
そのため、万丸は羽柴家に戻った説と、宮部継潤の子として元服し宮部姓を名乗った説とがある。
まだ養子のままだとしても、この場面で宮部継潤が登場しており、彼は長浜にいる。
ドラマ上では、ともと万丸の母子が離ればなれに暮らしているわけではなさそうだ。
赤ん坊を真ん中に笑顔が溢れる羽柴家にもたらされた、藤吉郎への出陣の下知。
藤吉郎の顔から笑みが消える。
信長が朝廷から武家の頂点として認められた後も、諸国の反織田勢との戦は続いているのだ。
勝家 vs 藤吉郎、再び
藤吉郎が出陣を命じられたのは、越後の龍・上杉謙信(工藤潤矢)との戦いだ。
天正5年(1577年)8月、能登の七尾城(現・石川県七尾市)は上杉謙信から攻められ、信長に援軍を乞う。
柴田勝家(山口馬木也)を総大将とする4万の織田軍が援軍として能登に向かい、藤吉郎も軍を率いてそこに加わった。
勝家と藤吉郎が激しくぶつかる諍いは、この七尾城へ救援に向かう途中の陣内で起こる。
「七尾城の者たちを見捨てろというのか!」
「七尾城は既に、敵の手に落ちておりまする」「我らに助けを求めたことも罠かもしれませぬ!」
藤吉郎の台詞通りなのだ。9月半ばに上杉軍に包囲された七尾城内で謀叛が起きた。織田軍に救援を求めた長一族が討たれ、上杉に通じた者たちが七尾城を占拠したのだ。
勝家はまだその情報を掴んではいない。
この場面では七尾城陥落の情報をめぐって口論になる。しかし歴史上、柴田勝家と羽柴藤吉郎秀吉のこの時の諍いは、何が原因なのか伝わっていない。
天正5年以降の2人に関する史料から、諍い自体なかったのではないかという説もある。
「うぬの家臣は寄せ集めではないか。成りあがり者なら仕方がないがの」
「その成り上がりに先を越されるのが恐ろしいのでござるか」
ドラマの強烈なやり取りは、織田家古参の猛将・勝家と、実績を積みのし上がった藤吉郎との対比を描く。
勝家55歳、藤吉郎41歳。
天下人たる信長の配下で火花が散る。
生き別れた息子
兄・藤吉郎が能登の戦地にいる間、長浜を預かる小一郎に、家臣の藤堂高虎(佳久創)が深刻な顔で注進する。
「奥方様が男と連れ立って歩いていた」と、慶(吉岡里帆)の不義密通疑惑を告げたのだ。
「知っておる。そのことは夫婦になった時から知っておる」
「チクショーーーーーー!」
温厚な主君、小一郎の罵声にビクゥ! となる高虎の後ろ姿が可愛い。
小一郎が慶を娶ったのは永禄13年(1570年)。あれから6年経っている。
高虎のずけずけ切り込んでいく単刀直入ぶりが、6年間放置されていた小一郎と慶の仮面夫婦問題に働くとは思わなかった。
相手の男は武将の間者でございましょうという高虎の推測に、緊張が走る小一郎。
これにはちょっと物申したい。
重臣である羽柴一族の奥方が、他の男とひそかに会っているのだ。相手が百姓に見えようと武士に見えようと、間者ではと構えるのが当たり前である。
正直、観ているこちらは慶自身が間諜かと疑っていたくらいだ。
小一郎がそこに思い当たらなかったのなら、セキュリティ意識ガバガバすぎる。
ただまあ、この作品の織田家って主人も家臣団もみんな基本おひとよしだから、こうなる流れには納得だ。
小一郎が慶に直接、男のことを問うた翌日。
慶の姿が消え、入れ替わるように男が訪ねてくる。
男は慶の密会の相手で、村川竹之助(足立英)と名乗り、意外なことを言いだす。
慶を助けてくれと小一郎に乞うのだ。
慶には、亡き夫・堀池頼広との間にもうけた子、与一郎(高木波瑠)がいる。
与一郎は頼広の父母、堀池頼昌(奥田瑛二)と絹(麻生祐未)の夫婦に育てられている。
頼昌は斎藤家を裏切った安藤守就(田中哲司)の娘である慶を許さず、与一郎を取り上げた──。
慶は堀池家に仕える竹之助から与一郎の様子を聞き、時にはこっそり村まで行って陰ながら息子の成長を見守ってきた。14話(記事はこちら)で小一郎が戦に出ている間に「2、3日家を空ける」と言っていたのも、このためだったのかと合点がゆく。
16話(記事はこちら)で愛息・万丸の消息を聞き涙する、ともと弥助(上川周作)夫婦の姿に慶が憂いの表情を浮かべたのは、同じく生き別れた息子を思ってのことだったのか。
今までの点と点が、一気に繋がる。
余談だが、与一郎役の高木波瑠。『青天を衝け』(2021年)の尾高平九郎の幼少期が大河初出演だが、『光る君へ』(2024年)では一条天皇の幼少期、懐仁親王。『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(2025年)では蔦重の子ども時代、柯理(からまる)を演じた。
これで3年連続の大河出演だ。当たり前だが、毎年すくすく大きくなってるねえ……本ドラマレビュー連載開始からずっと成長を見守る、親戚のおばちゃん気分である。
「独りでよう耐えられた」
堀池頼昌は孫の与一郎に武芸だけでなく、織田家への憎悪を叩き込もうとする。弓の稽古で手が滑って矢を取り落とす与一郎を突き飛ばし
「愚か者! お前の父は斎藤家の重臣だったのだぞ」
子供に手を上げるな、クソジジイ!
失礼、思わず画面に向かって声が出た。
難物であるこの男に対して、小一郎は与一郎を養子として迎えたいと申し入れる。
当然、頼昌は怒り心頭だ。
頼昌「与一郎の父は頼昌だけじゃ!」
小一郎「ならば母は、お慶だけでございましょう! お慶はずっと与一郎のことを思い続けております」
頼昌の隣に控える与一郎が母の胸の内を知り、思慕が湧きあがった様子に胸が熱くなる。
頼昌は「与一郎はあの女のことを母などと一度も思ったことはない! そうであろう、与一郎」
子供に強要するな、クソジジイ(2回目。失礼)。
与一郎を養子に迎えたいという小一郎に怒りを露わにするのは、頼昌だけではない。
村に来ていた慶も「なぜあの子を、お前の跡目にせねばならんのじゃ!」と泣き怒る。
慶の怒りは理解できる。
亡き夫の仇の養子になどさせるものかという思いはあろうが、それ以上に武家同士の軋轢に、我が子を巻き込みたくないのだろう。
跡目のことなどどうでもよい、慶と与一郎を一緒に暮らせるようにしたいだけだと説く小一郎。
ようやく小一郎と慶は、お互いの思いを語り合うこととなった。
怨みを断ち切る
弓の稽古をする与一郎に柿を出す小一郎の場面は、これまでの小一郎の武士としての在り方に通ずるものだ。
戦場で人を斬ることをためらう小一郎が、武士であり続けるのは「万事円満」な世を作るため。
「(弓で)人を狙うのが苦手なのは、きっとお前が優しいからじゃ」
その優しさは皆にうまい柿を食わせたいと願う気持ちにも繋がる。
小一郎は与一郎を理解し、この乱世の武士の、意義ある生き方を示すのだ。
小一郎と与一郎、いい関係を築けそうではないか。
あとはクソジジイ、いや頼昌を説き伏せるのみだ。
頼昌説得場面は、達者な演者同士の芝居を堪能した。
小一郎の誠実、慶の我が子への愛、頼昌のこれまでの葛藤。
それまで夫に従うばかりと見えた絹が、息子の形見である甲冑を引き倒す姿は衝撃的だ。
頼昌がすがりつく怨みを断ち切るかのように
「これは頼広などではありませぬ! 頼広はいつも優しく……笑っておりました」
「そうよね? お慶」
憎しみの渦中に我が子を置きたくないのは、絹も慶も同じなのだ。
絹の涙に打たれた頼昌は与一郎の意志を聞き、ついに小一郎に孫を任せるのである。
クソジジイと何度も罵ってしまったが、慶に斬りつけた直後、己の所業に愕然とする様。
また、没落しても誠実な家臣、竹之助が仕え続けていることから、頼昌も憎悪から解放されれば筋の通った武将なのではないだろうか。
信長激怒!?
小一郎と慶、与一郎の暮らしが始まった。
「いってまいります、母上。……父上」
こんな嬉しいこと言われたら泣いちゃう!
小一郎、38歳。新しい家族の周りに彼岸花が咲く。
9話(記事はこちら)、直の墓前で万事円満の世を作ると誓った時にも彼岸花が咲き乱れていた。
あちらの世界から、直が優しく見守ってくれているようだ。
一件落着と思われたその時、能登から藤吉郎が軍勢を率いて帰還する。
驚く小一郎。
小一郎「勝手に戻ってきたのか!? そんなこと上様に知られたら」
藤吉郎「わかっておるわ!」
羽柴藤吉郎秀吉、無断戦線離脱事件。
どうなる羽柴兄弟。信長激怒か、それとも。
次回予告。
戦線離脱事件にまったく触れられず
「松永久秀(竹中直人)2回目の謀反です! 平蜘蛛を抱いて爆発するのでしょうか、しないのでしょうか」と言わんばかりの久秀炎上予告で笑ってしまった。
戦国ボンバーマン松永久秀、散る──。爆発するんでしょうかね。
20話が楽しみですね。
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NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』
【作】八津弘幸
【音楽】木村秀彬
【語り】安藤サクラ
【出演】仲野太賀、池松壮亮、吉岡里帆、浜辺美波、菅田将暉、坂井真紀、宮澤エマ、大東駿介、松下洸平、山口馬木也、宮﨑あおい、小栗 旬 ほか
【時代考証】黒田基樹、柴 裕之
【制作統括】松川博敬、堀内裕介
【プロデューサー】高橋優香子、舟橋哲男、吉岡和彦(展開・プロモーション)、国友 茜(広報)
【演出】渡邊良雄、渡辺哲也、田中 正
※このレビューは、ドラマの設定をもとに記述しています。
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主な参考文献:
ルイス・フロイス(著)/松田毅一・川崎桃太(翻訳)『完訳フロイス日本史・織田信長編 合本』中公文庫,1999年
谷口克弘(著)『織田信長合戦全録──桶狭間から本能寺まで』中公新書,2002年.
太田牛一(著)/中川太古(現代語訳・注)『現代語訳 信長公記』新人物文庫, 2013年.
和田裕弘(著)『織田信長の家臣団──派閥と人間関係』中公新書,2017年.
永原慶二(著)/本郷和人(解説)『戦国時代』講談社学術文庫, 2019年.
黒田基樹『羽柴秀吉とその一族――秀吉の出自から秀長の家族まで』角川選書, 2025年.
柴裕之『羽柴秀長――秀吉の天下を支えた弟』角川選書, 2025年.
黒田基樹『羽柴秀長の生涯――秀吉を支えた補佐役の実像』平凡社新書, 2025年.
黒田基樹・柴裕之〔編〕『羽柴秀長文書集』東京堂出版, 2025年.
桑田忠親(著)『豊臣秀吉研究 上・下』角川選書.2025年
菊池浩之(著)『増補新版 豊臣家臣団の系図』角川新書.2025年