洋菓子の要素を取り入れた、進化するネオ和菓子の魅力【畑主税さん・平岩理緒さん対談】
1万種類以上の和菓子を食べた〝歩く和菓子データベース〟的存在の畑主税さんと、豊富な洋菓子の知識を持つゆえに和菓子の新しい表現に惹かれるようになったという平岩理緒さん。ネオ和菓子の魅力と、そのムーブメントの背景とは?
撮影・小林キユウ 文・三浦天紗子
畑主税さん(以下、畑) 僕は髙島屋に入社するまで生クリームもあんこも苦手で。和洋問わず甘いものをほとんど食べたことがなかったんです。なのに最初の配属先が洋菓子売り場で。
平岩理緒さん(以下、平岩) 洋菓子から入られたんですよね。畑さんが和菓子担当になったのはいつからですか。
畑 2006年です。まず売り場担当、3年後にバイヤーになりました。
平岩 スイーツと無縁だった方なのに、いまや和菓子バイヤーとして全国を飛び回り、本まで出されて……。
畑 人生ってわからないです(笑)。
平岩 もっとも私も、洋菓子から入ったクチなんです。マーケティング会社に勤めた後、製菓学校で学びました。それこそ畑さんが企画された「WAGASHI 和菓子老舗 若き匠たちの挑戦」、通称ワカタクというイベントに触発されて和菓子への興味が湧いたところもあります。
畑 ありがとうございます。ワカタクは2014年9月が第1回でした。
平岩 いま進化系やネオという冠がついて呼ばれている和菓子の変化は、やはり10年ぐらい前から盛んになってきたように思います。たとえばいちごの和菓子。昔ながらの和菓子だと、いちご大福を除いて、必ずしもフルーツのいちごを使っているわけではない。見た目をいちごの形にしているだけでもそう呼びましたよね。
畑 和菓子って、要は見立てる世界ですから。伝統的なものは基本的にこしあんか粒あんか白あんしか入れない。
でも最近の傾向としては、青梅の和菓子なら中にちゃんと梅のあんを入れたりします。ただそうすると抹茶と合わせるのは難しいんですね。だから抹茶と合わせるのが基本だった伝統の世界とはちょっと違っていく。
若い職人さんたちはピスタチオやフルーツ、チョコなどを自在に使い、コーヒーや紅茶、あるいはワインや日本酒などとマリアージュさせる方向に、和菓子の可能性を広げてきていますよね。
平岩 そうですね。お酒やナッツやチーズといった洋の食材を使うことで、和洋の境目も薄れ、そうした新感覚のお菓子がさまざまなメディアで取り上げられるようになってきました。
この『HIGASHIYA』さんの「棗(なつめ)バター」も、最初にいただいたときに、いままでの和菓子の概念を覆された気持ちになりました。薄紙に包まれた一口サイズで、バターを使っているという意外性もあり、面白い提案だと感心しました。また、パッケージデザインのおしゃれさでも、パイオニア的な存在だと思います。
畑 HIGASHIYAさんは空間デザイナーさんが和菓子のブランドを立ち上げられたんですよね。それで言うと、和菓子をアート作品のような扱いで発信される方が増えているなと感じます。芸術性を追求した造形にしてSNSに上げる、お菓子を作る過程を見せて舞台や演劇のようなパフォーマンスを含めて売るなど、職人さんの表現も多様化してますよね。
和菓子と洋菓子の境界がどんどん薄れている。
平岩 和菓子と洋菓子の線引きがどんどんなくなっているというか。それで驚いたもののひとつが、岐阜県大垣市の老舗和菓子店『つちや』の「みずのいろ」でした。
薄い円盤形のお菓子でバズりましたね。色粉で色だけ変えたのではなくて、ハーブなどの自然素材をそのまま生かして、色や風味といった表現そのものを変えた。素材重視の琥珀糖ブームの火付け役です。
畑 琥珀糖の究極の進化形として、「きせつのさがしもの」を紹介したいです。富山県小矢部市の『五郎丸屋』16代目店主がガラス造形作家の山本真衣さんの作品に魅せられてコラボレートした商品で、バー好きなご主人らしく、カクテルをそのまま閉じ込めたような味。
平岩 琥珀糖は、寒天と砂糖を煮溶かして液体状になったものを型で固めて作りますが、切って表面を乾かすと砂糖が再結晶化してしゃりっとした食感になりますね。でもこの表面は違う。
畑 そう、もっと生っぽいんですよね。それにしてもこれほど継ぎ目が目立たないこの立体を、どうやって作っているのか。まるで彫刻作品です。
平岩 本当に。キレイすぎて食べるのをためらってしまいます(笑)。
畑 メディアが「和菓子離れ」と書いたりしますが、僕はそれは違うと思っていて。もともと職人より暖簾、つまり次の代にバトンを渡すことに重きが置かれていたのが和菓子の世界です。
逆に洋菓子は’90年代末から2000年代前半あたりにパティシエの方々が一気に新規ブランドのお店を立ち上げました。この時期にパティシエという職業や、フィナンシェやカヌレなどの焼き菓子の名前も浸透していった。
平岩 ピエール・エルメもピエール・マルコリーニも作り手の名前がブランド名になっていますよね。
畑 野菜の生産者さんが顔を出して売ってたりするのと同じで、作り手が見えるようになって、意識的に食べてみようという気持ちがよりそそられる。そのわかりやすさがお菓子に限らず求められるようになっている気がするし、実際、伝統だけ守っていればと情報発信をしないやり方は、もう通用しなくなっているかもしれません。
コロナ禍で旅などの移動が制限されてから、老舗がインスタグラムなどを始めたり。情報共有が進んだプラスの面もある。それを見た人が瞬間的に「これを食べたい、ここに行ってみたい」と反応するスピード感はとても現代的ですね。
平岩 それぞれのおすすめも少し見ていきましょうか。「鴻池花火(こうのいけはなび)」はいわゆるフルーツ大福ですが……。
畑 これはそのネーミングセンスに脱帽したというか。和菓子ってその背景にある地域性や表現力も面白いんですよね。いろんなフルーツを包んだ断面の華やかさから、夜空に輝く花火を思い起こさせるように作ったのだというのに惹かれました。
いま進化形と呼ばれるお菓子が未来の銘菓に。
平岩 『吉村和菓子店』さんは京都の老舗、『亀屋良長』の女将さんが手掛けるブランド。「焼き鳳瑞(ほうずい)」の甘味はココナッツシュガーなどGI値が低い砂糖でつけているので体にもやさしい。
畑 「カモメサンボン」の『日和(ひより)制作所』さんはたまたま出張先の高松で見つけました。全国的にも非常に珍しいのですが、自分で木型を彫ってお菓子を作るというところまでをやっているすごいお店なんです。なんといっても一般的なそれと比べて圧倒的に薄くて、口溶けも繊細。レモンピールの模様のところなんて割れやすいのにどうやっているのか。
平岩 『たねや』の「寒天トマト」に垂らすオリーブオイルは、搾りたてのフレッシュな状態のオイルを氷温状態にして自社輸入されているんですよね。しかもゼラチンではなく寒天。
私もゼリーを作るときに寒天を使うこともあるんですが、動物性食品を避けるヴィーガンや、プラントベースといった欧米のトレンドから見ても、ある意味、強みですよね。
畑 「レアチーズの水まんじゅう」は透ける部分に入れた絞り出した形のクリームチーズがどのように作っているのだろうと、非常に目を引きます。
平岩 「NOT COOKIE(ノットクッキー)」は6代目当主が考案された「玉穂堂」シリーズを缶入りにしたもの。洋菓子の世界ではこの5年くらい缶クッキーというのが流行っていて、それをおせんべいに取り入れたんでしょう。
畑 そうやって若い人たちが柔軟に新しいお菓子を生み出している。
平岩 代替わりした職人さんたちは、百貨店のスイーツイベントや海外出店などにも積極的。「ワカタク」のあと、畑さんがさらに下の世代の職人さんたちのために企画した「旅する和菓子」というイベントも盛況でした。
畑 実演するライブ感をお客様たちも楽しみにしてくださるんですね。和菓子は洋菓子に比べて、流行りの波が緩やかで長い。いまの若旦那たちが作ったものが30年後にその土地の銘菓になるんだろうと思います。
『クロワッサン』1095号より