『マリー・アントワネットの 衣裳部屋』著者、内村理奈さんインタビュー。「西洋服飾史を語る時に避けて通れない人」
撮影・黒川ひろみ(本) 山本ヤスノリ(著者)
国立西洋美術館で開催された『ハプスブルク展 600年にわたる帝国コレクションの歴史』。名門一家が所蔵した至宝が一堂に会する中、圧倒的なオーラを放つ作品が、ヴィジェ=ルブランの〈フランス王妃マリー・アントワネットの肖像〉(1778年)。着用したドレスは優美な王妃の宮中正装。輝くレースやリボン、絹糸の刺繡や金の房飾り。ベルサイユでの派手な暮らしを心配する実母、ハプスブルク家のマリア・テレジアに贈るため、お気に入りの女流画家に描かせた23歳当時の肖像画だ。240年の時が流れても、世界で最も有名なお姫さま。アントワネットの衣裳から、当時の貴族の暮らしと王妃の生涯を読み解く一冊を、服飾研究者の内村理奈さんが書き上げた。
「17〜19世紀の西洋服飾文化史をずっと研究してきましたが、服飾を語る時にやはりマリー・アントワネットを避けては通れないんですね。尊敬を払って遠くから見てきた人なので、彼女のことはいつかはちゃんと取り上げたい、と思っていたところに、この本のお話をいただいたんです」
全5章からなる物語の第1章、異国へ嫁いだアントワネットの花嫁衣裳について語った「銀色の花嫁衣装」。その一部は、内村さんの過去の論文が基となった内容だ。アントワネットが嫁ぐ際に、高価な白いリネンの布類「トルソー」をどれくらい持参したのか。18世紀パリの富裕貴族の娘が嫁ぐ際の事例から、王室婚礼のリアルな内幕を描く。またアントワネットの結婚祝賀祭典の騒ぎで命を落とした132名のパリ市民の遺体調書を読み込み、平民の衣服のポケットの中身をリストに。王室とは違った、リアルな夢が溢れたたくさんのポケット。内村さんが描くのは、ノンフィクションのオリジナルストーリーだ。
パリのファッションリーダーに返り咲いた、王妃への夢と憧れ。
「19世紀に新聞の大きさのファッション週刊誌『ラ・モード・イリュストレ』が出版されたんです。精密なファッションイラストと文章で構成されたきれいな冊子で、あまりの人気に年に一度合本にして売られたほど。しかも型紙付きで、自分で縫えるんです。流行の肩掛けに『フィシュ・マリー・アントワネット』、クラシックな髪型に『コワフュール・マリー・アントワネット』など、王妃の名前を付けていて。かわいいんですよ」
もっとも憎まれた王妃として最期を迎えたが、死後80年ほどでパリの服飾業界にまたアントワネットのブームがやってきたのだ。
「私はマリー・アントワネットに対して、悪い印象を全く持っていないんです。シュテファン・ツヴァイクが書いた伝記『マリー・アントワネット』を読んで、かわいそうな女の子だなあと。あの地位に就き実力以上のことをやらざるを得なかった。彼女の不名誉になることは書かなくていいのかなと」
王妃が愛した衣裳部屋は、時空を超えて真実を語り始める。
『クロワッサン』1012号より
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