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【前編】いまだに気持ちがざわつく!? 娘が振り返る母との関係。

”自分”のことを見つめるとき、避けて通れないのが母との関係。心のどこかにくすぶる母への愛憎入り交じる思いを、大人になった娘たちが語ります。
  • 撮影・岩本慶三 文・黒澤 彩
(左から)漫画家のしまおまほさん、作家の村山由佳さん、カウンセラーの高橋リエさん。

3〜4年前から「毒親・毒母」というなにやら恐ろしい言葉を耳にするようになり、母娘の依存関係を描いたドラマも話題に。愛情や母性の名のもとに娘を支配したり、ライバル視したりする大人になりきれない母親と、その呪縛に苦しむ娘が多いのだという。そこまでこじれた関係ではないにしても、息苦しさを覚える瞬間は誰にでもあるのでは? 私たちの人生に、よくも悪くも絶大な影響を与えてきた母という存在とどう向き合えばいいのか。それぞれに複雑な思いを打ち明けます。

高橋リエさん(以下、高橋) 私はカウンセラーとして母親との関係に悩む女性の話を聞く機会も多いのですが、そもそも私自身が毒母だったので、なぜそうなってしまうのかをとことん追究し、問題と向き合ってきました。

しまおまほさん(以下、しまお) どうしてご自身をそのように思われたのでしょうか?

高橋 結婚して出産して、何の問題もなくやってきたつもりでいたのですが、中学受験を終えたばかりの長男が、突然不登校になったのがきっかけ。どうしよう、大変だ!と。復学支援機関に駆け込んだり、スピリチュアルに頼ろうとしたこともありました。やがて心理療法のセッションに参加したり、民間のカウンセラー養成講座で勉強するうちに、問題があるのは息子ではなく、私のほうだと自覚したんです。学歴がすべてじゃないし、息子が好きなように生きればいいなんて頭では考えていましたが、腹の底では「いい学校を出ないと将来食べていけない」という強迫観念があったんですね。それに気づくのに、何年もかかってしまいました。

村山由佳さん(以下、村山) その強迫観念は、高橋さんのお母さんから植え付けられたのでしょうか?

高橋 そうなんです。私自身、ちゃんと勉強する「いい子」だったので、息子の中学受験を成功させることで、自分と同じような道を歩んでくれたらいいと無意識に思っていたのです。

村山 私も表向きは、かなりいい子ぶっていて、母とのあいだに波風が立たないようにひたすら母から逃げて大人になりました。

共感の声も、批判も。一石を投じた「毒母」小説。

高橋 村山さんは、お母さんとの関係ですごく苦しんできたんですよね。『放蕩記』の主人公の、母を愛せない娘の葛藤はとても切実です。

村山 自分にとっていちばん苦しいことだからこそ、小説にできたのだと思います。作家としては特殊を描いて普遍に至ることが理想ですが、単行本を出版した2011年時点では、まだ「毒母」という言葉もあまり聞かなかったし、母親の呪縛を描いた物語は少なかったので、読者の感想も真っ二つでした。共感する人もいれば、「村山さんは子どもを持ったことがないから親の気持ちがわからないのだろう」と言う人も。最近は、母親に対して複雑な思いを抱く娘がいるのだということが世間に認知されてきたと感じます。毒母っていう言葉は強烈だけど、もやもやとした問題に名前がつくことで、共感しやすくなるのはいいことかもしれません。

高橋 お母さんのことは、もう村山さんの中では消化できたのですか?

村山 『放蕩記』を書くことはセルフカウンセリングみたいな作業でもあったので、自分の中ではもうラベルを貼って本棚にしまうことができた問題だと思っています。でも、今でも年に一度くらい、母が笑いながら私を抱きしめに近寄ってくる夢を見て、絶叫して目が覚めることがあるんですよ。

高橋 毒母になってしまう人たちは、自分が娘を傷つけているなんて思いもよらないのがやっかいなところ。娘の苦しみを想像できないのが問題です。

「ひとり暮らしがしたい」と なかなか言い出せない。

高橋 しまおさんは、ご両親ともに写真家ですよね。アーティストのご両親との関係にとても興味を持ちました。

しまお 仲は良いのですが、20代になってから母とぶつかることが多くなりました。今でもその悩みが続いています。私、一昨年出産するまでは実家暮らしだったので、ちゃんと自立する機会を逃してきたのかも。もっと早く家を出るべきだったのかもしれないって思います。ひとり暮らししようと物件を探している途中で、父に「環境が変わったからって自分が変われるわけじゃない」と言われて心が折れたり、一度は部屋を借りてみたものの、近所だったから結局いつも実家に入り浸り、失敗してしまいました。

村山 ひとり暮らしをしたいって、なかなか言い出せなかったんじゃないですか? 私もそう。反対されるとわかっていたから結婚するまでは家を出るのを諦めていて、隠れて悪いことをしてました(笑)。

高橋 私は大学を卒業したらすぐに家を出ました。それって親から逃げて自由になりたい一心だったのかなと。

しまお 今は実家から離れて住んでいるので、解放感がありつつも、まだ親にとらわれているような感じもしています。私にとって両親が言うことはあまりにも正しくて、自分の意見を言いにくかったんです。子どもの頃から大人の顔色をうかがっていました。親に言わせれば、「ダダをこねたことがなくて、すごくいい子だった」そうです。

高橋 私たち3人とも「いい子」だったわけですね。大人になっても相手の顔色をうかがうくせがあったり、言いたいことを言えない場合、親との関係が原因というケースが多いようです。

村山 かなり思い当たります。思ったことを率直に言うのが怖いというのが理由の一つで、もう一つは承認欲求というか、母に認めてもらわなければという気持ち。あまりに長い時間をかけて染み付いたものなので、根深くて大人になって、恋人や夫に対しても有益な自分でないといけないと思ってしまうんですよね。ぜんぶ母のせいとは言わないけれど、母との関係が私の対人関係のひな型になっています。

髪型も服装も、気づけば母の好みが自分らしさに?

しまお 母は自分の価値観に絶対の自信を持っていて、私も影響されてきました。たとえばいつも短い髪にしているのも、今思えば自分の意思じゃなくて母に似合うと言われ続けてきたから。笑って話せることだけど、私だって長い髪に憧れていたのになぁって、恨みごとの一つも言いたくなります。

村山 そうそう、私も「あんたはすごく短いかすごく長い髪型しか似合わない」って母に言われて。すごく長くするには途中で半端な長さになるでしょう、当然。でもそれがダメっていうならショートヘアしかない。こんな理不尽なことってないだろうと思いますが、親は自分のやり方に自信を持っているし、思春期くらいまでは子どももそれが普通だと思っている。信者ですよね。

しまお 大人になってからも、母に「あれ、その靴履いていくの?」とか言われるとドキッとして、どうしよう変かなぁって、母の評価を気にしちゃうことがあります。

『クロワッサン』948号より

●高橋リエさん カウンセラー/子育ての壁にぶつかったことから心理療法を学びカウンセラーに。著書『お母さん、私を自由にして!』(飛鳥新社)。

●村山由佳さん 作家/母との葛藤を描いた自伝的小説『放蕩記』が話題に。最新刊は『La Vie en Rose ラヴィアンローズ』(共に集英社)。

●しまおまほさん 漫画家/写真家の両親と作家の祖父母を持つ。漫画のほか『マイ・リトル・世田谷』(SPACE SHOWERBOOKS)などのエッセイ集も。

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