くらし

合成加工された記憶。│束芋「絵に描いた牡丹餅に触りたい」

古い写真の整理をした。幼い頃の写真には、記憶にない光景が沢山ある。確実に自分である人物が写っているその写真を見て、記憶にないからと言って、その写真を疑う事などない。今残っている遥か昔の記憶だって、親から「あなたはこんな子だった」とか、「あの時、あそこであんなことがあった」などと、繰り返し言われることで、イメージが作り上げられ、写真を撮ったように遥か昔のそのイメージが、形を変えることなく今も記憶されているような気になっているだけだ。

そう考えると記憶の捏造は意外と簡単なことで、今なら、上手にコンピュータで合成した写真を作っていけば、10年後には、それが本当にあったことかのように錯覚していくこともあるかもしれない。

逆に言うと、今現在、自分の持っている記憶も、一部はそうやって作り上げられたものの可能性もあるということになる。何も、意図的な操作で劇的な作り替えをしたものの話ではなく、偶然ちょっとしたズレが生じたとき、そのズレた方向へ、真実らしいものを重ねていった場合、自分の記憶と第三者の持つ記憶が全く違うものになる可能性があるということ。

「私は学生の頃、〇〇くんから好意を寄せられていた」という類の記憶などは、そういうズレが起こりやすい事例で、○○くんにとっても、記憶が既に曖昧になっているようなことを言われても困ってしまうだろう。

だから普段は何よりも“今”を大切にしていこうと思う。例えば、学生時代に嫌われものだったAさんが目の前に現れたときに、今のAさん自身がどんな人なのかをしっかり見極めていけるようになりたい。

それでも、同窓会の時などは、思い出話に花が咲き、皆の記憶のズレが、思ってもない発見に繫がったりする。それはそれで楽しんでいきたい。

束芋(たばいも)●現代美術家。近況等は、https://www.facebook.com/imostudio.imo/にて。

『クロワッサン』1001号より

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