くらし

「諦めない」という試み。│束芋「絵に描いた牡丹餅に触りたい」

諦めないことは偉大だった。

今更何を!? と思われるかもしれないが、私はある意味、諦めることを繰り返し、それでも残った数少ないものを大切に扱うことで、作品を作ってきたところがある。

4月下旬、平成最後のタイミングでオープンした展覧会で、私は新作をいくつも発表した。そのいくつもの新作は、いくつもの新しい試みを含んだもので、令和という新しい時代を前に、私も新たな気持ちで今まで触れたことのない素材や方法に挑戦した。

その新しい素材や方法には、当然苦しめられた。そして「やっぱりダメだ」と、一度は手を離すことをした。いくつもの試みは、その数だけ「諦め」があった。「軽々しく新しいものに手を出すというのは軽薄だ」とか、「“やりたいこと=やるべきこと”ではない」など、自分に言い訳をしてみたものの、どこかスッキリしないモヤモヤが残る。

新しいものに触れるとき、その初めての体験というのは、失敗したとしても、最も濃厚な情報で溢れている。その素材や方法を使っている、自分ではない別の人が持っている情報ではなく、私自身が実際に体験したことで得られる、私と素材、私とその方法との間に生まれた情報だ。どんなに昔から使われていた素材や方法だったとしても、私との関係は今やっと生まれたばかり。その生まれた瞬間に溢れ出す情報は、醜くても、立派じゃなくても、私にとっては重要な道を与えてくれるもののように思えた。

結局、一度目は失敗し諦めかけた挑戦をもう一度繰り返してみた。想定を超えて、二度目は一度目とは全く違う結果を得たりするけれど、一度目がなければ二度目の結果はないことも実感した。正直、諦めることを自分の個性と認めてきたこの20年、得られたことのなかった結果を得た気がした。

諦めないことが「善」とは言わない。ただ、今回は令和の新しい時代を迎えること、自身の活動20周年という発表の機会だったことで、今まではしなかった「諦めない」を試みたということ。こういう選択が面白い結果を導き出す可能性があると学んだことで、私も改めて生まれ出でた気分になった。

束芋(たばいも)●現代美術家。近況等は、https://www.facebook.com/imostudio.imo/にて。

『クロワッサン』1000号より

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