【夫に任せる】夫と、家族と、時にはプロに。家事シェア、引田かおり・ターセン夫妻の場合。
撮影・徳永 彩 文・一澤ひらり
熱血ビジネスマンだった夫が、家事の頼もしい担い手に。
颯爽としたエプロン姿も見事に決まって、得意料理のパエリアに腕をふるう引田ターセンさん。
「料理を始めたのは会社をリタイアしてからだから、かれこれ20年近く。でもパエリアを自信を持って作れるようになったのはこの4〜5年ぐらいかな。今はパスタ修業中なんだよ」
「ターセンは凝り性だものね。でも会社勤めのときは家事なんてやらなかったんです。『男子厨房に入らず』の世代ですから。私は家族が朝バタバタと出かけて行った後、掃除洗濯をして夕食の支度をしてという専業主婦の日々に、やりきれない思いを抱えていた時期もありましたね」
と妻のかおりさん。キッチンで楽しそうに料理をするターセンさんからは想像もできないが、今のように家事を率先してするようになるまでには紆余曲折があったという。
そのきっかけとなったのはターセンさんの「会社の卒業」。IT企業のビジネスマンだったが、「やるべきことはやりきった」と決断し、52歳で早期退職した。
「思い残すことはなかったよ。これから僕の人生の最優先は妻のカーリン。子育ても手が離れていたし、次は彼女としっかり歩んで行こうと思ったんです」
ちょうどそのころ、かおりさんがパン屋さんをやりたいと切望し、その夢を実現させようと動きだしたターセンさんだったが、家のことは何もできないことに気づく。かおりさんは、
「私がいつまでも彼の世話を何でもかんでもやってあげていると、私が先に死んだらこの人はどうなっちゃうんだろう。とりあえずごはんとお味噌汁、自分が食べたいものぐらいは作れたほうがいいし、暮らし回りのこともちゃんとできたほうがいい。そんなことを心配していろいろ考えましたよね。それで思い切って話してみたら、『わかった、やってみるよ』って」
「僕は素直で単純だからね(笑)。親しい友人に『お前は女房がいないと暮らせないのか』って言われてショックだったし。ちゃんとした生活者になろうと思った。まず料理教室に3つぐらい通って、料理も主体的に作ろうと思ってやり始めたんだけど、これはあえなく挫折したね。段取りがうまくできないし、やたら時間がかかるし。にわか仕込みはやっぱりダメだった」
「男ってほめられるとうれしいから、料理も皿洗いもおまかせあれ!ってなる」
機嫌を損ねたらもったいない。感謝の言葉を欠かさず、上手に。
そのころのターセンさんが夕飯を作ると、刺身、焼き魚にあさりの味噌汁みたいな居酒屋的取り合わせばかり。2人は話し合って、日々の料理はかおりさんが作り、ターセンさんは後片づけをすることに。
「僕はミネストローネ、マグロの漬け丼など得意料理だけを作ることにしたんです。道具や材料にこだわったり、いかにも男の料理っていう感じだけど、週に1回ぐらい楽しんで作ってます」
「ターセンが料理を作っているときは全ておまかせです。男の人って口出しされると機嫌を損ねて『やーめた!』ってなりがちでしょ。そこはもう腹をくくっておおらかに(笑)」
と言うかおりさんだが、家事を夫に託すとき、悩ましいことがあった。
「自分がやったほうが早くてきれいになるって思ってしまうのと、ついダメ出しをしたくなるんです。そこをじっと我慢して夫に合わせるのは相当忍耐がいりますよね。ターセンの後片づけも当初は洗い物の力加減がわからないみたいで、コップやお皿をよく割っていたし、シンク周りがびしゃびしゃになっていたんですよね」
そんなときもかおりさんは「きれいになってるね。ありがとう」と感謝の言葉を欠かさなかったし、こうすればもっといいかもと、さりげないアドバイスも忘れなかった。
ターセンさんは、
「男って単純だから、ほめられるとうれしいし、頼られると必要以上にがんばるんだよ。そこは利用したらいい。カーリンはすごく上手だったよね。否定的なことは言わないし、『このパエリア最高!』とかって言われちゃうともう天にも昇る気持ちになって」
「そうやって夫を生活に引き込んでいければしめたもの」と朗らかに笑うかおりさん。家事は夫婦がしあわせに暮らすためのベースになっている。
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