厳寒の中から生まれた ぬくもりのある彫刻たち。本郷新記念札幌彫刻美術館『本田明二展 ひとノミひとノミ、私は木を削る。』│金井真紀「きょろきょろMUSEUM」
「あずましい」ということばを教えてくれたのは飲み友だちのSさんだ。この人は静かなお酒が好きで、騒がしい店には寄り付かず、自らも酔って大きな声を出すようなことは決してしない。太い指で焼酎のグラスを握り、時事の話題をボソボソッと話す(愛読紙は日刊ゲンダイ)。聞き取れないほど小さな声で歌を口ずさむこともある。そんなふうに穏やかに更けていく酒場の夜を、Sさんは「あずましいね」と表現するのだ。北海道の言い方で「落ち着く、心地よい」の意味だという。
さて今回は札幌の本田明二展を訪れた。本田は北海道で生まれ、北海道で活動を続けた彫刻家。多くの芸術家が東京を目指す中にあって、珍しい存在だったらしい。高度経済成長の時代、中央には大きな仕事も華やかな仕事もあっただろうに、北の大地に根を下ろして動かなかった。「寒さと雪との避けがたい対決が北海道人を育てるし、私の仕事の中にも何かが生まれるのだ」というようなことを書き残している。晩年は札幌の山の斜面にアトリエを持ち、雪が降ると通りまで出るのに難儀したらしい。でも「あずましく仕事がしたい」からその場所を選んだ。
作品には、木彫りの牛や馬やフクロウがある。おおらかで素朴。だけど、それだけではない「なにか」がある。さらに「えものを背負う男」の、押し付けがましくない存在感はなんだろう。うーん、上手に説明できない自分がもどかしい。もしかしたら「あずましい」の正体がここにあるのかもしれないなぁ。
『本田明二展 ひとノミひとノミ、私は木を削る。』
本郷新記念札幌彫刻美術館(北海道札幌市中央区宮の森4条12丁目)にて2019年1月17日まで開催。木彫り作品を中心に40点以上を展示。電話番号011-642-5709 10~17時(最終入館16時30分) 月曜(祝日の場合、翌火曜)、12月29日~’19年1月3日休館 一般500円
金井真紀(かない・まき)●作家、イラストレーター。最新刊『サッカーことばランド』(ころから)が発売中。
『クロワッサン』988号より
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