くらし

『愛すること、理解すること、愛されること』著者、李 龍徳さんインタビュー。「勝ち負けで語れないのが人生のリアル」

謎の死を遂げた後輩の妹に招かれ、軽井沢の別荘に集まった4人の男女。それぞれが自らの人生を語るうちに愛と憎しみの感情が渦巻き始める。河出書房新社 1,450円

光介と巴香夫妻、純吾と珠希のカップルは大学時代の同級生である。そんな4人が、ある日、軽井沢の別荘に招集をかけられる。招集をかけたのは一通の手紙。差出人は涼子という彼らよりも8歳年下の女性で、彼女の姉は彼らの大学のサークルの後輩だ。が、その姉は一冊の日記を残し、自死を遂げていた。

い・よんどく●1976年、埼玉生まれ。在日韓国人三世。早稲田大学第一文学部卒業。『死にたくなったら電話して』で第51回文藝賞を受賞しデビュー。「枕元には『悪霊』や『カラマーゾフの兄弟』など、ドストエフスキーが育ての親でした」

撮影・谷 尚樹

「日記にはかつての先輩たちの生き生きとした思い出が綴られていますが、その内容が嘘か本当であるかはわからない。涼子は自分の目でそれを確かめたい、というところから物語は牽引されていきます」
 本作は『死にたくなったら電話して』で作家デビューを果たし、『報われない人間は永遠に報われない』で野間文芸賞新人賞候補と、今を注目される作家・李龍徳さんの3冊目の単行本にあたる。前2作は浪人生がキャバクラ嬢に身をやつす現代の心中もの、あるいは、醜男と醜女の織りなすいびつな愛の物語と、通底するのは、饒舌なる文体と暗く湿りながらもなぜか心惹かれる“人間ノワール”とも呼ぶべき独特の世界観である。

「そのへんはやはり、育ての親がドストエフスキーなので(笑)」

そして、本作に至ってはその世界観の片鱗をにおわせつつも、地の文が極力控えられた、まるで会話劇という趣向である。

「『報われない〜』を書き終えて、あの時点では地の文は書き切ったな、という感慨がありまして。次作は会話で出来事を凝縮したものができないかなと考えました」

その会話がすごい。

“罵倒映画”の、 言い争いのように。

「~子供捨てるついでに温泉旅館泊まろうって、そんな計画立てる神経が普通か」「普通じゃないですよ」「やめてよそういう輪唱、気に障る。かえるのうた? 学級会的な正義感」そして(珠希は)涼子に向かって「あのさ、わざとレベルの低い女演じてる?」

これは、純吾とのあいだに生まれた赤ちゃんを見捨てて、ひとり渡米をもくろむ珠希を思いとどまらせるべく、涼子が部屋へ押しかけてくる場面のほんのさわりだが、何というかほれぼれするような応酬劇が繰り広げられるのである。

「イングマール・ベルイマンの『ある結婚の風景』のような“罵倒映画”の世界を描きたいとは以前からずっと考えていました」

その言葉どおりに、予定調和とは進まない5人の男女の時間は、絡み合いながら5年、10年と時を経る。不妊治療、離婚、家の破産、裏切り……。若かりし頃の掛け値ない幸せの形は望むべくもない。けれどもだからそれが不幸せであるかといえば、果たしてどうか?

「作中で珠希が“人生はやり直しが利く”と訴えますが、これは本作の一貫したテーマでもあります。失敗もあるけれど生き直そう。そのためにはそれなりの意志も必要だったり……といったあたりが人生のリアルなのではないかと」

ジャズのインプロビゼーションのような風合いも感じられる李龍徳作品は、意外にも定規で線を引くよう、計算どおりに書くのだという。次作が楽しみな作家である。

『クロワッサン』987号より

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