くらし

話題の「フェルメール展」、絵を見る前に知っておきたい基礎知識。

43年という短い生涯のなかで、わずかに35点の作品しか残さなかったヨハネス・フェルメール(作品数は諸説あり)。ファンの間では世界に散ったその作品を求めて“全点踏破”などという言葉が生まれるほどの人気ぶりだが、そのうちの9点が上野の森美術館にやってくる(大阪は6点)。全作品の約4分の1が一挙に見られるこの奇跡を、さあどうしよう。虚心坦懐に眺めるのも絵画の楽しみ方ではある。けれども、一定の予備知識が備われば、その楽しみに、もっと深さが増すのです。
  • 監修・千足伸行(成城大学名誉教授、広島県立美術館館長) 撮影・谷 尚樹 文・石飛カノ
《手紙を書く女》 1665年頃  ワシントン・ナショナル・ギャラリー National Gallery of Art, Washington, Gift of Harry Waldron Havemeyer and Horace Havemeyer, Jr., in memory of their father, Horace Havemeyer, 1962.10.1

17世紀のオランダで高い評価を得ていたフェルメール。ところが没後は、世間から忘れ去られた存在となり、再発見されたのは200年後の19世紀のこと。以後、何人もの研究者が“忘れられた画家”の作品を巡って真作と贋作を見極めようとしてきた。

そして近年のフェルメールブームの契機となったのが、1995年から’96年にかけて米国ワシントンとオランダのデン・ハーグで行われた『フェルメール展』。とはいえ、美術評論家の千足伸行さんによれば、
「日本でもその報道はされましたが、一部の美術ファンだけが知っていたにすぎません。それもそういう画家がいるんだなと認識した程度だったと思います。実は’68年に『レンブラントとオランダ絵画巨匠展』という展覧会でフェルメールの作品は来日しています。が、あまり注目されていなかった。日本でフェルメールの知名度が高まったのはやはり2000年の大阪での展覧会でしょうね」
来場者数は60万人ほど。以降、フェルメールをメインとする展覧会が相次いで開催され、空前のブームが到来。さらに2008年、東京で開催された展覧会では93万人を記録した。
「これまで日本では、オランダのオールド・マスター(古典の名画)を見る機会がとても少なかった。でも誇張ではなく、17世紀オランダは素晴らしい黄金時代です。ものの良さはたくさん見なければ分からない。大勢の人がフェルメールを見たということは次に繋がります。見る前と見た後では必ず何かが変わりますから」

今回の展覧会で、どうなるか?

近年のフェルメールの人気を示す展覧会
1995-96年 ワシントンとデン・ハーグで開かれた展覧会で世界的なブームに。20点以上を展示。
2000年 大阪市立美術館で日本初の展覧会『フェルメールとその時代』を開催。3カ月で約60万人を動員。
2008年 東京都美術館で『フェルメール展』を開催。過去最多の7点を展示、93万人を動員する。
2012年 東京都美術館『マウリッツハイス美術館展』。《真珠の耳飾りの少女》が来日して話題になる。
2018-19年 上野の森美術館〜大阪市立美術館で『フェルメール展』開催。東京展では日本美術展史上最多の9点を展示。

成城大学名誉教授、広島県立美術館館長 千足伸行さん

壮大な宗教画から身近な風俗画へ。17世紀オランダ絵画の黄金期。

宗教画の要素が色濃い《マルタとマリアの家のキリスト》(右)から市民の暮らしぶりを描く風俗画《ワイングラス》(左)に移行した。

16世紀末、スペインから独立を果たしたオランダはヨーロッパでいち早く、君主を持たない市民社会を成立させた。しかも国教は偶像崇拝を禁じるプロテスタント。
裕福な市民が望んだものは大がかりな宗教画ではなく、風景画や静物画、そして市民の暮らしぶりを描いたコンパクトな風俗画だった。フェルメールも初めは宗教画家として出発するが、ほどなく風俗画家へと転身する。
「風俗画というのは我々と同じレベルの一般市民や農民などの生活風景を描いたもの。日本で江戸時代の花見の風景が描かれたように、洋の東西を問わず、一般民衆がどう生きたかという絵は分かりやすいし、親しみやすいですよね。そういう面白さがあると思います」

また、描かれているモチーフひとつひとつを丁寧に見ていくと、当時のオランダの生活事情が読み取れる。
「フェルメールの場合は、楽器や手紙などのモチーフがたくさん出てきます。経済的、時間的余裕がなければ楽器は楽しめないし、手紙の読み書きも郵便事情が整っていて教養がなければできない。いろんな意味で豊かな暮らしをしていたということが分かります」

ちなみにリュートなどの楽器は恋愛を示唆する寓意なのだそう。

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