【紫原明子のお悩み相談】あまりにも悲惨な境遇のママ友にかける言葉がみつかりません。 | くらしにいいこと | クロワッサン オンライン
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【紫原明子のお悩み相談】あまりにも悲惨な境遇のママ友にかける言葉がみつかりません。

『家族無計画』や『りこんのこども』などの著書があるエッセイストの紫原明子さんが読者のお悩みに答える連載。あなたもお悩みを投稿してみませんか?

<お悩み>

暫く疎遠にしていた、家族ぐるみの付き合いのママ友から夫の仕事の関係で連絡が来る様になりました。しかしこのママ友の現状が、あまりにも悲惨に思えてなりません。

経済力のない旦那、引きこもりの娘。ママ友は肺に肉腫が出来やすく何回も手術を繰り返している様ですが、生活の為パートの仕事を辞められない。
頑張れとも勿論言えず、一般的な身体を大事にとも言えず、私は彼女の人生がこれから持ち上がるとは思えず、なんて言ってあげて良いやらわかりません。また、優しい言葉をかけてあげたら、愚痴のはけ口にされないか、依存されてこないかちょっと不安という、自分本位な気持ちも正直あります。
でも、やはり旧知の仲なので、なにか気の利いた言葉をとも思いますが私が未熟な為思いつきません。この場合、彼女になんと声掛けをしてあげたら良いのでしょうか。
(相談者:じゃじゃまる/事務のパートをしている50代の主婦です。子供達は皆就職しておりますが、長女のみ自宅から通勤している、現在3人家族です。)

紫原明子さんの回答

じゃじゃまるさんこんにちは。

早速ですが今回は便宜上、じゃじゃまるさんのお友達の方を、ポロリさんと呼ばせていただきますね。

いただいたお悩みを拝見して、じゃじゃまるさんはとても慎み深い方なのだなあと思いました。苦しい状況に置かれる友人を前にすると、慎みの足りない私はついつい、ああしてみたら? こうしてみたら? とあれこれ余計なおせっかいを焼きたくなってしまいます。で、決まって後から反省するんです。

何しろ余計なおせっかいというのは本当に余計なもので、そもそも相手が求めてもいないのに助けたいとか、救いたいとか、一方的に手を差し伸べるのは、他人から見てあなたは明らかに救いを必要としている、弱者に見えているよ、と言っているに等しいわけで、ともすれば暴力にすらなりかねないことなのですよ。良かれと思ってやったことで相手のプライドを傷つけてしまう。そして私はそういう失敗を、これまでに結構やってきてしまいました。

だから、友達であるポロリさんへの働きかけを“言葉を掛ける”に留めている、しかもその言葉も慎重に選ぼうとされているじゃじゃまるさんは、とても正しい選択をされていると思います。

人が人を救おうなどと思うのは傲慢で、もしかすると“言葉を掛ける”ということさえ、基本的には必要ないのかもしれません。ただ、ポロリさんの話に黙って耳を傾ける。ほんのひとときだとしても、気持ちに寄り添う。他人を救うことなどできない私たちには、それで精一杯なのかもしれません。

とはいえ、それでももし可能であれば、ひとつだけ、やってみていただきたいことがあります。それは、家庭の外、職場や、対人関係でポロリさんが見せる人柄や能力について、「すごいね」「こういうのがあなたのいいところだよね」と、認めて、褒める、ということです。

というのもポロリさんは今、家族の問題を一手に担われているということで、当然ながらじゃじゃまるさんとの話の中心も、家族の問題と、そこに対応するポロリさんの姿勢、ということになるだろうと思われます。そしてもちろんそれについて、頑張ってるね、大変だね、立派だね、とじゃじゃまるさんが共感して、評価することで、ポロリさんは嬉しい気持ちになると思います。けれども一方で、ポロリさんの存在価値がそこだけにある……というよりむしろ、そこだけにしかない、という状況になってしまうと、家庭の外に助けを求めて現状を改善しようという発想から、ポロリさんがますます遠のいてしまうのではないかという危惧があるのです。

旦那さんが何かしらの事情で働けない、ポロリさんご自身も病気を抱えているというのであれば、生活保護を頼ることもできるかもしれません。娘さんのひきこもり状態については、NPOや行政の相談窓口に相談するという手もあります。健康についてはお医者さんを頼るほかないけれども、それ以外の家族の問題については、何とか家の外の人たちと協力していくことで、ポロリさんの負担を減らせる可能性は十分にあるはずです。

ところが長く苦しい状態が続いている人というのは、現状を改善するためにたった一歩を踏み出す、そのエネルギーが、とっくに枯れ果てしまっている場合が少なくありません。ましてや体調が優れないのであればなおのこと、毎日をただ生き抜くだけでいっぱいいっぱいかもしれません。そんな中で、今のこの苦悩というのは、自分にしか背負えない役割なのだ、自分の使命はこの苦悩を引き受けることなのだと、苦悩を手放さないことに意味が生まれてしまうこともあります。

だからこそ、ポロリさんが本来持っている人間としての魅力や長所を、言葉にして、評価する。これを気長に繰り返していると、もしかしたらいつかポロリさんが、少しでも自信を取り戻してくれるかもしれないし、それによって、もしかしたら自分には現状を変えることができるかもしれないと思ってくれるかもしれないし、枯れてしまった泉に、わずかでも潤いが戻ることがあるかもしれない……いや、本当に難しいことだと思いますが、それは重々承知の上で、そんな小さな希望を抱いてしまうのです。

依存されてしまうかもというお気持ちもわかります。じゃじゃまるさんには当然、じゃじゃまるさんの生活があるのだし、応えきれないのに依存させてしまうのはポロリさんのためにもなりません。ですから「今日は◯時から予定があるんだ」と、会うときにさりげなくリミットの時間を告げておくとか、会う頻度を調整するとか、そんな風に、じゃじゃまるさんの無理のないようなスケジューリングをされると良いのではないかと思います。

それでもポロリさんが、じゃじゃまるさん一人で背負いきれないほど他人の支えを求めているのであれば、やはりNPOや行政の支援窓口など、じゃじゃまるさん以外にも頼れる場所を見つける、そのサポートが出来ると良いのだろうなあとも思います。

人が人を救おうと考えるのは傲慢で、余計なおせっかいはときに人を傷つける。

ところが厄介なのは、人の幸せに寄与することというのは、人生いろいろある中でも比較的ストレートに、自己重要感を高めてくれる方法だということです。自己重要感が高まれば、自然と幸福感も高まる。余計なおせっかいというのは結局、そんな自分のエゴに起因しているから、この世から消えてなくならないのでしょう。

けれども、余計なおせっかいを余計なものでなくする方法があって、それは、ポロリさんご自身が、状況をすこしでも改善して自分を楽にしたい、その方法を探したいから周りの人に手伝って欲しい、という気持ちになることです。

じゃじゃまるさんが友達として掛ける言葉や振る舞いが、もしかすると、ポロリさんの気持ちを変える一押しになることがあるかもしれません。そしてそれが、回り回ってじゃじゃまるさんをより幸福にするかもしれません。

ですからどうか、ポロリさんのこれからについて、お友達として、希望を捨てないでいてあげてほしいと思います。

イラスト:わかる

紫原明子● 1982年、福岡県生まれ。個人ブログが話題になり、数々のウェブ媒体などに寄稿。2人の子と暮らすシングルマザーでもある。Twitter

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