『TIMELESS』著者、朝吹真理子さんインタビュー。すべての時間は混じりあい、存在している。
撮影・新津保建秀
『TIMELESS』は不思議な小説である。高校時代の同級生であるアミとうみは恋愛感情を抱くことなく結婚し“交配”をする。やがてうみは妊娠するが、アミは姿を消す……。こう要約すると、殺伐とした印象を受けるだろうか。しかし、恋愛というものがわからないだけで、うみの内面はやさしい。女子会をしていても心ここにあらず。そんな風情のうみは現在を生きながら、土地に根差す過去の記憶を同時に感じ取っている。本書は時間についての物語なのだ。
執筆中、朝吹真理子さんの頭の中には、酒井抱一(ほういつ)の『秋草鶉図屏風(あさくさうずらず)』のことがずっとあったという。
「年老いたことにも気づかず、屏風絵のなかを歩きつづけている男女のイメージがありました。あるとき、歴史学者の磯田道史さんと対談をした帰りのタクシーの中、アミは日本の香木に関心があるという話をしたら、突然磯田さんが“そういえばこの辺で江姫が火葬されたって知ってる?”と。六本木のミッドタウンのあたりで400年前、香木を大量に焚いて遺体を焼き、その煙が六本木通りに長く流れたそうです。それを聞いた瞬間、ああ、2人はどこにいるんだろうと思っていたけれど、この道を歩いていたのかと確信しました」
時間は完全に過ぎ去ってしまうことがない。ずっと同じ場所でたゆたい続けている。
「本当は道に流れている時間って複層的で、様々な時間が同時に流れているはず。普段の生活では昨日・今日・明日とリニアな時間のなかで生きているけれど、薄膜をはがせば、いろんな時間がたちのぼってくるんです」
そして物語は第二部。うみの息子アオは成長し、奈良へ。屋上で養蚕をしているというビルの一室で雨宿りをしたら帰るに帰れなくなるなど、不思議な経験をする。
「昔、入院中の祖母を見舞う道中で母から聞いた話があって。子どもの頃、桑畑の横を歩いていたら雨が降ってきたので頭に手をかざしたけれど、実は蚕が桑の葉を食む音が雨音に聞こえたのだ、と。美しいなと思いました。初老の母の向こうに見える、手をあげる所作をする幼い母も、古い記憶をその瞬間だけ思い出して私に話してくれたことも。今もその道の途中で母の話を聞いている気がします。過去が過去になってゆかない感覚です」
この本は、今を重層的なものにする起動装置となりうる。時を超越する捉え方ができたら、どんな不可思議な心持ちがするだろう。
新潮社 1,500円
『クロワッサン』979号より