スタイリスト 石田純子さんの印象に残る毛筆の字手紙。
撮影・清水朝子
【スタイリスト 石田純子さん】届けたいのは気持ち。強弱や濃淡をつけられる筆のほうが伝わると思うの。
和紙のはがきに墨で書かれたメッセージ。大きな薄墨の漢字一文字と、小さくまとめられた濃い墨の短い一文が、白地の余白の中、目にも心地よいバランスで躍っている。多忙を極めるスタイリストの石田純子さんの直筆の書だ。
「8年ほど習っている〈の字手紙〉という手法です。墨汁よりも濃い練り墨という墨を1滴、小皿などに出すだけで硯も使わないので、手軽にできるしすごく簡単なの。でも、とても印象に残るらしくて、私のことを覚えてもらえるようになりました」
手書き自体が少ないのに、毛筆で書かれているとなれば目を引くのは必然。薄墨で書かれた一文字から、私たちは思いがけず深い意味や情緒を受け取ることができる。補足するように添えられるのも14字程度の短い文だが、2つが合わさることで腑に落ちるように情景が浮かび、感情を揺さぶられる。
「使い方によっては暗号のようになるんです。予定日を2週間すぎてやっと出産したと連絡があったスタッフの女性には、『宝』の一文字に『やっと会えたね』と添えて送りました。ほかの人にはわからなくても、彼女にはおめでとうと伝わりますよね。ときにはこちらの意図以上の深読みをしてくださることもあって、おもしろいですよ」
一般的な習字と違い、字手紙では筆運びのとめやはねなどを気にせず自由に書けるため、すっかり筆まめに。
「しかも、伝えたい気持ちを凝縮して、一言書くだけ。普通はそこに至るまでにいろいろ書かないといけないでしょう。いただきもののお礼で『礼』の一文字に添えるのも、親しい相手なら『おかわり待ってます』とかね。おいしかったという気持ちも届くと思うの。私が骨折して入院していたときに『吹』に『いたいのいたいの、飛んでいけ』という字手紙をいただいたこともありますよ。楽しいでしょう?」
黒白の字手紙とは対照的に、色とりどりの顔彩を使う毛筆の〈文字〉も石田さんの手習い。写真の菓子折りを包んだ掛け紙は、石田さんが半紙に書いた季礼文字だ。かわいい!
「カラフルなのと、文字を絵のように書くのが特徴。大層なものじゃなくても、ちょっと掛け紙を書いて包んで渡すと喜んでいただけると思って」
「こころばかり」と書く文字の色を、冬なら温かみのある赤系に、夏なら涼しげな青系に。季節感も演出できる。石田さんからこんな字手紙や季礼文字を受け取り、感激して手習いの仲間になる人が続出中というのもうなずける。
「筆で書く習慣ができて、一筆を出し散らかしているの。最初はこんな下手な字でいいのかと思ったけれど、相手は手本を知らないし、うまくなったら出すなんて、いつになるかわからない。だったら、下手でごめんねって出したほうが上達するし、楽しいと思うの」
石田純子(いしだ・じゅんこ)●スタイリスト。女性誌のファッション企画や、女優やアナウンサーのスタイリングを数多く手がける。近著『「思い込み」を捨てれば、断然おしゃれに』(主婦の友社)など、40〜50代向けの着こなしアドバイスの著書多数。
『クロワッサン』975号より
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