『字が汚い!』新保信長さん|本を読んで、会いたくなって。
形を意識するだけで字は変わるんです。
撮影・土佐麻理子
「字が汚い!」は五十路を迎えても大人っぽい文字が書けない新保信長さんが、うまい字を書けるようになるべく奮闘する模様をまとめたノンフィクションだ。表紙を埋める手書き文字も新保さんの直筆。確かに……。 “大人” が書いたかどうかは判断しづらい面も。
「字が汚くて具体的な不利益を被ったことはないですが、コンプレックスにはなってました。特に葬式の芳名帳や香典袋に自分の名前を書く時にすんなり書けなかったり、クレジットカードのサインも躊躇したりするんです」
本書のなかでは “美文字” が書ける練習帳を40日かけてなぞり書きしたり、ペン字教室で先生の直接指導のもと “行書” を学ぶなど涙ぐましい努力も描かれる。
「楷書もろくに書けないのに行書なんて無理と思っていたのですが実際に練習すると大人っぽく見えるだけじゃなく、書いていて気持ちがいいんです。これはちょっとした発見でしたね」
作家や書家、イラストレーターなど “味のある字” を書く人にも取材を重ね、手書き文字が持つ魅力を引き出している。
「デザイナーの寄藤文平さんの “字を図形的にとらえる” という発想は新鮮でした。『文』の下の部分を×にしちゃうとか、幾何学的要素を入れて書く。あと、文字と文字の間を開き気味にすると “いい感じの字” に見えるとか」
それまで考えなかった道具にもこだわるようになったという。
「筆記具は大事ですね。多少太めで、腰のあるペン先のほうが字に味わいが出ますし、形のゆがみもごまかせます。弘法じゃないですから、字が下手な人こそ筆は選ぶべきです(笑)」
就職時の履歴書や、親になると子どもの小学校での連絡帳などは、メールやライン全盛の今でも手書きが要求される。またレストランのメニューや書店のポップなどでは味のある手書きを目にする機会も多い。
できれば自分も字をうまく書きたいと思う人は多いはず。この本を通してさまざまな体験や取材を重ねた新保さんに字をうまく書くコツを聞くと。
「美文字でなくてもいいので、自分がいいと思う字を念頭に置いて考えて書くことですね。必然的に時間がかかるんですが、その意識を持つだけで字は変わります。僕の場合はアラーキー(荒木経惟)さんの字をイメージしながら、色気と愛嬌のある字を書きたいのですが、難易度は高いです(笑)」
新保さんの表紙の字がどれほど変遷したかは、ぜひ本書を手にとってご体験あれ。
文藝春秋 1,300円
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