『西高東低マンション』著者 武塙麻衣子さんインタビュー ──「エッセイと小説のあわいにある一冊です」
撮影・石渡 朋 文・鳥澤 光
『西高東低マンション』の語り手は、夫と猫とともに築45年のマンションに住んでいる。
「よく似た造りの部屋が並ぶマンションという箱の中に、ひと部屋ずつ違う営みがある。こっちは晴れていてもあっちでは雨が降っている、という状況を描写するのにぴったりだ、と舞台に選びました」
そう語る武塙麻衣子さんの家にも3匹の猫がいて、夫婦でマンションに暮らしている。生活の実感がそこここに漲る文章をエッセイのつもりで読み進めると、不意に別の場所へ連れて行かれる、「良い虎」から「新幹線」までの18編。
「タイトルを3文字にすること、“私”の名前を出さないことを最初に決めて、目の前のことを写し取っていくことにしました。エッセイと小説というジャンルについては、いち読者として読んでいたときは全く別ものとしてとらえていたんですが、いざ書き始めると境界がどんどん曖昧になっていきました。私は自分の周りのことを詰め込んで文章を書きますが、かといって『西高東低マンション』の“私”は私が言わないことを言うし、見たことがないものを体験しています。絵に描かれたモチーフが動いたり、何年も前に別れた猫が遊びにやってきたりもする、いわばホラ話なんですが、書く私が本当だと思えばこれもひとつの真実だ、と書いていきました」
頭に浮かぶ映像を追いながら書いて綴った18の物語
安曇野の森を車で走り抜け、マンション住民と言葉を交わし、近所を散歩し、大叔父と待ち合わせる。確かな重みをもったディテールの隣に不思議が置かれ、幻想の風がときおり吹いて心の輪郭を明らかにする。この、リアリティとフィクションの配分が心地よい。
「実は配分はあんまり考えていません。私にとって中心となるエピソードをポンッと置いてみるとそこに寄ってくるものがあって、その動きに巻き込まれながら着地点もわからないまま進んでいきます。書くことの整理は文字ではなく映像で。この人はどう動く?ここには何が置かれている?と頭の中を流れる映像を見つめ、追っかけるように書きとめていきます。エッセイの語源には“試みる”というフランス語の単語があると知ってからは、自分もなんでも試してみよう!と思うようになりました」
虎、ピューマ、猫、鳥、グッピー、鹿、兎、雄鶏や犬。たくさんの動物が作品世界の中を動き回って、記憶の引き出しを開けたり、不思議を招き入れたりもする。
「人とは違う感情や感覚を持っていて、人間の理屈では測れない動物という存在が、作品の世界に不穏さとまろやかさを付与してくれているなと感じています。猫を飼っている人は私の住むマンションにも多くいて、猫の話をしたり、こんにゃくをもらったり、掘った蓮根を届けたらお返しにメザシがやってきたり。生活の記憶と未知と既知のイメージを切り分けずに書いた18編に、迷いこむように読んでもらえたらうれしいです」
『クロワッサン』1163号より
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