考察『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』石坂浩二(松平武元)と渡辺謙(田沼意次)の鍔迫り合いが素晴らしかった15話。大河ドラマ名場面として語り継がれてほしい
文・ぬえ イラスト・南天 編集・アライユキコ
切ない幕開け
瀬川(小芝風花)がおかみさんになり、蔦重(横浜流星)と夫婦ふたりで地本問屋「耕書堂」を営む。仲良く口喧嘩しながら……そんな幸せな夢みたいな生活は、やっぱり夢でした! と始まった15話。わかってはいたが、蔦重にとってはしんどい幕開けとなった。
極楽から地獄に叩き落とされた蔦重を、五十軒通りの人々が心配そうに覗き込んでいる。
蕎麦屋の半次郎(六平直政)の「野郎の根付とはこのことだな」は、女郎にフラれて一晩中煙管をふかすしかない男の姿を、根付(煙草入れや印籠につけた飾り留め具)が台座に置かれているようすに例えた言葉だ。呆けていても借金返済は待ってくれないから、働くしかない。動き出した蔦重の姿をよく見ると、着物も帯も新調している。耕書堂新装開店と結婚を祝って駿河屋夫婦が贈ってくれたものかなど想像すると、なお切ない。
店を大きくした蔦重に平沢常富(つねまさ/尾美としのり)が、そろそろ青本を出さないかと持ちかける。青本の代表的版元(板元)であった鱗形屋孫兵衛(片岡愛之助)には、もう新作出版の力がない。ゆえに、戯作者・朋誠堂喜三二(ほうせいどうきさんじ)として新たに作品を生むならば蔦重と組みたいというわけだ。吉原者である俺と組めば江戸市中には流れなくなりますよという蔦重に、
常富「売れる売れないはどうでもいいのよ。遊びなんだから楽しければ」
蔦重の謝礼は「吉原で遊ばせてくれる」からよいのだという。やけに呑気だなと思うが、平沢常富の本業は出羽国久保田藩(秋田藩)の藩士だ。鱗形屋で青本を書いている恋川春町(岡山天音)も駿河小島藩の藩士。文筆はあくまでも趣味である。当時はまだ戯作の分野では、原稿料や今でいう印税を生活の柱とする職業作家はいなかったのだ。執筆の報酬は、金銭ではなかった、あるいは出ても雀の涙程度であった。これより100年近く前の『好色一代男』などの作者・井原西鶴(1642年~1693年)には原稿料を前借りして踏み倒した逸話があるが、西鶴の死後に面白おかしく語られたものであり、執筆に対して金銭の報酬が発生していたかは不明だという。版元から作家への謝礼は贈り物や饗応が一般的だったこの頃。原稿料の発生、職業作家の誕生は、まだもう少し先のことだ。
その一方で常富は恋川春町に「蔦重ってのは面白いこと言ってくる」と語っていたので、謝礼が吉原遊興だから蔦重と組みたいというのは半分冗談だろう。
とにかく明るい絵師・北尾政演(古川雄大)も吉原での女郎遊びを期待して「つったじゅーうさぁーん」とウキウキやってきた。
出版社・耕書堂に、作家が集まりつつある。
りつの宣言
吉原の忘八連合の集まりでは、蔦重の「吉原も変わらなければ」という言葉を受け止めた駿河屋市右衛門(高橋克実)の働きかけによる変化が現れた。
大黒屋女主人・りつ(安達祐実)は、女郎屋を閉業して芸者の見番を始めると宣言する。見番とは芸者を取りまとめ、茶屋や女郎屋からの注文に応じて派遣する業者、今でいう芸能事務所のようなものだ。
りつ「建前で禁じても女芸者が色を売っちまう、売らされちまう」「差配する者がいれば女芸者の一人座敷を避けることができるだろ」
女芸者は三味線や太鼓を奏でたり、踊ることで宴席を盛り上げる。幕府公認の存在である吉原芸者は、女郎とは一線を画して売春行為を禁じられていた。しかし実際は違っていた、あるいは酒席の流れで客や見世が強要することもあったろう。りつは、それを防ぐために見番を請け負うと言ったのだ。
芸者は帯を後ろに結び、シンプルな着物と髪型で女郎と見た目を区別した。複数人での派遣は、宴席での売春行為を予防した。見番がルールを徹底させることにより、次第に幕府公認・吉原芸者のブランドを高めていったのである。
『べらぼう』には遊郭で生き抜く女性たちのこれまでの人生と経験が想像できる描写、演出がたびたび見られる。
丁子屋長十郎(島英臣)が、寮を活用して女郎を療養させるべきだと提案するなど、忘八たちが積極的に遊郭の環境改善に乗り出している。
駿河屋女将ふじ(飯島直子)の「やれることはささやかだけど、女郎や女芸者にとってマシな場所にしていこうって」という言葉のとおりに運ぶなら、本当に夢みたいな話だ。
瀬川が残していった「あんたにはそこで夢を見続けてほしい」という言葉を胸に、蔦重は新たに進み始めた。耕書堂で新しい執筆者を募集開始。常富に「ある人と構想を練った物語を仕上げてほしい」と依頼する。ある人とは、もちろん瀬川だろう。この物語を出版できたら、読書好きの彼女ならきっと手に取る。相手がどこにいようとも、本がふたりの絆を結んでくれる。
蔦重が書籍に人知れず託す思いと願い。叶いますようにと祈る。
平賀源内の苦しみ
蔦重は前へと進むが、平賀源内(安田顕)はもがいていた。
江戸市中の露店ではエレキテルの偽物が一回4文で体験できると触れ込まれている。江戸時代には一文銭と四文銭が流通しており、ちょっとした買い物には4の倍数の値段がつけられることが多かった。蕎麦一杯16文、団子ひと串4文など。店側がお釣りを出す手間が省けるからだ。
源内が試行錯誤を重ねて再現したエレキテルが、ワンコインのあやしげな見世物扱いとは……。そんな世の流れに、源内の心は耐えられなかった。被害妄想に憑りつかれ、衆目のなかで奇行に走る。あんなにも明るく魅力的だった人が荒れ狂う姿が悲しい。
「近頃おかしいんだよな、源内さん」須原屋市兵衛(里見浩太朗)がこう語る通り、安永8年(1779年)のこの頃、源内の不審な言動は周りにはっきりわかるほどになっていた。
須原屋に出入りする蘭方医・杉田玄白(山中聡)は「エレキテルについては、イカサマではないとも言い切れない」と説明する。『解体新書』(安永3年/1774年)で一躍当代一の蘭方医となった杉田玄白は、もとは源内の弟子のような存在。後進に追い抜かれた現状も、源内のダメージになっているのではと須原屋。「あちらも元は学者だからねえ」。
元は学者。つまり今の源内はそうではない……同情を寄せつつも須原屋の評価は厳しい。
精神的に追い込まれているのか行燈の油を買う金もないのか、真っ暗な部屋の中で歩き回る源内。すがるのは、自身が製作した量程器(日本初の歩数計)を携え、田沼意次(渡辺謙)に初めて拝謁した日の、光あふれる思い出。
この時、田沼意次に献上したのは己の著作『物類品隲(ぶんるいひんしつ)』(宝暦13年/1763年刊行)だ。師である田村元雄と開催した物産会の出品物から、主な360種を選び出し、解説した書籍である。
意次に語ったこの国の経済再生論と志。堂々と本草学者と名乗った日を振り返り
「なにをやってるんだろうねえ、俺ぁ……」と自嘲する。
一体、どこで道を間違えたのか。明るい陽の下に出て行く日はもう巡ってこないのか。
懊悩の源内のもとに、相棒の平秩東作(へづつとうさく/木村了)が「面白い話」を持ってきた。
えええ……。借金取りから逃げている平秩東作、ツキが落ちかけている者が一発逆転が狙えそうだと持ちこむ話って、たいてい危なっかしくないですか。
ふたりの名優のぶつかりあい
あっちにもこっちにも暗雲が立ち込めている。意次もまた窮地に立たされていた。
鷹狩に出かけた将軍の世継ぎ・徳川家基(奥智哉)が16歳という若さで急逝。家基が意次と対立していたことから、意次による毒殺の噂が囁かれる。15話は一気に江戸ミステリー風ドラマとなった。将軍世継毒殺事件、勢子の吾作(芋洗坂係長)は見た!
政治生命の危機どころか、謀反人とされたら切腹、お家断絶は免れない。疑惑に頭を痛める意次のもとに、平賀源内と平秩東作が蝦夷(北海道)金鉱山開発と蝦夷地幕府直轄領案を持ってやってくる。
蝦夷については、松前藩が初代将軍・徳川家康から支配権、交易独占権を認められていた。それを幕府直轄領とするというのは、うまい話に見えて軋轢を生みそうである。
しかし、今はそれどころではない意次は、源内の知恵を見込んで将軍世継毒殺事件の真相究明を申し付けた。
同じ頃、老中首座・松平武元(たけちか/石坂浩二)も将軍・家治(眞島秀和)の命により、事件を捜査していた。現地に赴いて調査して推理する名探偵源内、関係者の聞き取りと物証から答えを導き出す名探偵白眉毛。アプローチは違えど、どちらも同じ結論に辿りつく。
家基の爪を噛む癖を知っている犯人が、手袋に毒を仕込んだ──。
大奥総取締・高岳(たかおか/冨永愛)の求めに応じ、家基の手袋を用意した意次は、源内の報告を聞いて呆然とする。自分は何者かの陰謀にハメられたのか、いやその前にやらねばならないことがある。疑惑の手袋を取り戻そうとするが、すでに武元が捜査のために引き取ったあとだった。終わった……俺もこれまでだと崩れ落ちる意次に、武元からの呼出しがかかった。
ここからの、松平武元邸の茶室での台詞劇は、まさに大河ドラマ名場面として長く語り継がれてほしい。
石坂浩二と渡辺謙、ふたりの名優のぶつかりあい、鍔迫り合いが見られた。
いま日本を代表する俳優のひとりである渡辺謙がジリジリと追い詰められてゆく芝居、見ているこちらの全身から汗が噴き出すような緊迫感だ。序盤からこれまで、なんで石坂浩二が頭の固いだけの嫌味ジジイの役どころなんだ、もったいないと思わせておいて、真に気骨のある老政治家としての姿を見せる。すばらしかった。
武元は、意次の徳川家への忠義心を信用して見せた、その上で、金がすべての世の中への懸念を語る。
武元「金というものは、いざという時に米のように食えもせぬば、刀のように守ってもくれぬ。人のように手を差し伸べてくれもせぬ」「そなたも世の者も金の力を信じすぎておるように儂には思える」
脚本が書かれた時点では、令和7年春現在の米不足、価格高騰は予期していなかっただろう。
本作は歴史と現代を巧みに重ね、正鵠を射った。
得をするのは一体誰か
この国のためを思う政治家として理解し合えた意次と武元。事件は解決していないが、老中が手を携えてことに当たれば幕政も安泰だ。
しかし真犯人はその手を緩めることはなかった。
一橋徳川家当主・治済(はるさだ/生田斗真)が操る傀儡。「三番叟の揉之段」が響き、武元の枕元に忍びよる女の影。息絶える武元。
松平定信(寺田心)の兄、田安徳川家当主・治察(はるあき/入江甚儀)が急死した時(3話/記事はこちら)とあまりにも似通っている。あの折も治済の操る傀儡が踊っていた。
さて、ここで問題。将軍世継ぎがいなくなり、得をするのは一体誰か。現将軍・家治には、亡くなった家基以外に男子がいない。家治の弟である清水徳川家当主・重好(落合モトキ)には子がいない。田安徳川家は先述の通り治察が子がないまま死去、弟の定信は松平家に養子に入った。松平家からは将軍後継が出せない。
治済には安永2年に生まれた男児、豊千代がいる。
一番得をする人物を覆い隠すべく、田沼意次に疑惑が向くよう仕向けている人間、それは。
……いや、まだわからない。なんでも決めつけはよくない。武元暗殺場面でほくそえんでいたが、傀儡の稽古に熱中するあまりニヤついてるだけかもしれない。展開が怖すぎるので、むしろそうであってほしい。
顔はいいのに、笑顔が恐ろしいよ治済。
次週予告。平賀源内と田沼意次、決別か。平賀源内は天才かイカサマ師か。なんとか彼を救おうとする人々、避けられぬ運命。さらば源内!
16話はつらそうだけれど、楽しみですね。
※4月27日の『大河べらぼう』の本放送はお休みです。(関連番組『ありがた山スペシャル』放送)ドラマレビュー第16回は、5月3日(土)公開を予定しております。
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NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』
公式ホームページ
脚本:森下佳子
制作統括:藤並英樹、石村将太
演出:大原拓、深川貴志、小谷高義、新田真三、大嶋慧介
出演:横浜流星、安田顕、小芝風花、高橋克実、渡辺謙 他
プロデューサー:松田恭典、藤原敬久、積田有希
音楽:ジョン・グラム
語り:綾瀬はるか
*このレビューは、ドラマの設定をもとに記述しています。
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