完全養殖「黒瀬ぶり」が切り拓くサステナビリティとビジネスの両立
文と写真・神野恵美
2015年の国連サミットにおいて採択された「SDGs(持続可能な開発目標)」。持続可能な社会の実現が世界共通の目標となり、「サステナブル(持続可能)」というコンセプトが近年、より身近な取り組みとして私たちの暮らしの中に浸透しつつある。
サステナブルの考え方は、従来の環境破壊や天然資源の枯渇といった環境問題に加えて、気候変動や貧困、飢餓、食品ロスといったさまざまな社会問題の解決策として意識されるようになった。「食」の持続可能性もそのひとつだ。
そんな中、「GOOD FOODS for YOU!」=「人々により良い食をお届けしたい」という志を掲げ、食の新たな可能性を追求しているのが大手水産・食品会社のニッスイだ。研究開発と独自のグローバルネットワークを活用した新しい“食”を創造し、健やかな生活とサステナブルな未来の実現に貢献する取り組みに力を入れているという。
3月19日に始まった期間限定イベント「ニッスイ 百年割烹」(記事はこちら https://croissant-online.jp/life/gourmet/243145/ )では、メディア向けに養殖事業に関する取り組みも紹介された。
「完全養殖」というアプローチで海洋資源の負荷を軽減
1989年にチリでサーモンの養殖事業を始めたニッスイは現在、デンマークやオーストラリアにサーモンの、国内でもサーモンやバナイエビ、マサバ、クロマグロの養殖場や関連施設を擁する。
2004年から宮崎県日向灘の沖合で展開しているのが「黒瀬ぶり」のブランド名で流通している完全養殖のブリだ。親魚から採取した卵をふ化させた「人工種苗」を成魚に育て、これを親魚として採卵・育成するという一連のサイクルを、人の手による完全管理下で行っているのが特徴。2022年からはすべての出荷魚が人工種苗になっているという。
一般的なブリ養殖の場合、天然の稚魚を捕獲して育成するのに対して、「黒瀬ぶり」ではこれを行っていない。限りある海洋資源への負担を軽減する、サステナブルな取り組みとして注目されているのだ。
ニッスイでは、ブリが成熟する環境を徹底的に研究し、いつでも採卵できる「成熟制御」という技術体系を構築。これにより、天然ブリや天然種苗を使用した養殖ブリの供給が少ない時期でも、人工種苗によるブリを供給できるようになった。
「黒瀬ぶり」の完全養殖の舞台となるのは、宮崎県串間市に本社を置く黒瀬水産。ニッスイが100%出資する完全子会社だ。黒瀬水産 代表取締役社長の立川捨松氏は、「私たちのサステナブルな取り組みに共感する若者たちが、全国から集まってくれています。そのため、従業員約300人の平均年齢が36歳と非常に若い。日本社会に人材不足や後継者不足という課題があるなか、こうした若者たちが来てくれるので安心して事業を拡大させられています」と語った。
また、ニッスイで水産事業副執行を務める大平全人氏は、「当社が定めた長期ビジョン『Good Foods 2030』では、2030年に私たちがありたい姿として『人にも地球にもやさしい食を世界にお届けするリーディングカンパニー』と定義しました。これを実現するために、ニッスイでは養殖事業を重要な成長事業と位置づけています」と述べ、サステナビリティとビジネスの両立を目指したい考えを示した。
「黒瀬ぶり」はどうしておいしいのか?
一般的に、ブリは冬に旬を迎える。産卵時期にあたる春の直前のブリには脂が乗るからだ。産卵後の夏は身が痩せて脂のりが落ちるため、品質が低下する傾向にある。しかし、成魚となる時期を定めて養殖される「黒瀬ぶり」なら、脂の乗った美味しいブリを1年中楽しめる。
さらにニッスイでは、重量や肥満度、プロポーション、遺伝的な免疫力などに優れた特性を持つブリを世代ごとに選抜し、次の世代の親として育て上げる「選抜育種」も行っている。いわばブランド和牛のような生育手法で、世代を重ねるごとに品質を向上させているのだ。加えて、DNAによる親判定により近親交配が起きないようにも管理している。
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