マンションポエムは「マンションを隠してる」?対談!言語学者・川原繁人さん&写真家 ライター・大山顕さん
撮影・黒川ひろみ 文・嶌 陽子 構成・堀越和幸
「に」ではなく、あえて「を」を使って何を表現している?
川原 私がマンションポエムを意識するようになったきっかけは、言語学者、川添愛さんの著作『言語学バーリ・トゥード』を読んだこと。その中でマンションポエムが分析されていたんです。
本の中では「〜を住む」という表現が取り上げられているんですが、本来だったら「〜に住む」ですよね。川添さんは「一般的な表現からの逸脱」と呼んでいますが、これによって何を表現しようとしているのかが論じられていました。
大山 「〜に」ではなく「〜を」を使うのはマンションポエムの定番です。マンションポエムの始まりは1997年の「センチュリーパークタワー」の広告というのが僕の説なんですが、その時のコピーが「中心を住む。」(※3)なんですよ
川原 川添さんの解釈とは違いますが、私は「を」によって支配感を表しているように思いました。言語学に「壁塗り構文」というものがあります。「壁にペンキを塗る」だと壁の一部しか塗らないですが、「壁をペンキで塗る」だと壁全部を塗るってことですよね。「を」って全体を網羅する意味を含んでいるんです。
大山 なるほど、「〜に住む」だと街の中に住む人が包摂されるけど、「〜を住む」は街が選択や所有の対象になっている気がします。“住みたい街ランキング”みたいなものがあるように、今って街が賢く選んで消費するものになっている。それが「を」に表れている気がしますね。
川原 ほかにも本来の表現からの逸脱が見られるのが興味深いです。「都心に愉悦する。」(※4)なんて、愉悦という名詞を動詞化していいの?とか。あえて逸脱することで、非日常感を出していますね。
大山 マンションって大きな買い物だから、買う側としても確信を持たせてほしい。だからテンション高く言い切るのが大事なのかも。「AGE OF DISCOVERY」(※5)という広告は、その後に大航海時代の話をしてますから。
川原 赤羽のマンションの広告(※6)もすごいですね。ずっとアンダルシアの説明で、赤羽は3行くらいしかない。
大山 赤羽との共通点は「あ」で始まるくらいなのに、なぜかずっとアンダルシア推し。傑作だと思います!
その憧れの中心は、まぎれもなく「Andalusia(アンダルシア)」。
大航海時代に、この地から帆を上げたマゼランやコロンブス。
新大陸からもたらされた金銀はこの地を潤し、
かつて“太陽の沈まぬ国”とまで呼ばれるほどの栄華を極めました。
富あるところに芸術、文化は育まれる。
その数々の名残をとどめるアンダルシアは、今も人々を魅了して止みません。(中略)
そんなエネルギッシュでアクティブな生きる楽しみが、ここ赤羽の街にも溢れています。
老若男女が集い、夢を語り、互いに助け合う、情熱の街・赤羽に、
『エステムプラザ赤羽アンダルシア』は誕生します。
川原 あと、私が言語学的にも面白いなと思ったのが、「KOSUGIはCOSUGIへ。」(※7)というコピーです。
頭が「K」の場合と「C」の場合では、アクセントが変わりませんか?私はKOSUGIだと「こすぎ(低高高)」ですが、COSUGIだと「こすぎ(高低低)」になるんですよ。要は、頭をCにすることで外来語化しているんじゃないかと思うんですよね。
COSUGIをはじめよう。
大山 それによって単なる地名ではなく、プラスの意味が生まれるわけですね。おそらくこのコピーは「CoWork(コワーク)」「communication(コミュニケーション)」のように、「共に」を表す接頭辞「co」を意識して作られたのかと。
ちなみに、2000年前後に「こ」の「CO」化が流行った時期がありました。歌手のCoccoとか、小柳ルミ子が歌手名を「rumico」にしたりとか。このマンションは2017年築なので、やや遅いんですが。
川原 ラッパーのKREVAさんみたいに、CからKへの回帰も起きてますね。20年間追いかけている中で感じるマンションポエムの変化はありますか?
大山 1997年以降のマンションポエムを分析すると、2007年を機に変化しているんです。この年を境にカタカナやアルファベットが減ります。さらに「未来」「先進」といった言葉が減って、代わりに「安心」「うるおい」といった癒やし系の言葉や「日本人の心」みたいな言葉が出てくる。マンションポエムが保守化・右傾化していったような気がしています。
生成AIがマンションポエムを作ってみたら
大山 以前、生成AIにマンションポエムを作らせてみたことがあるんです。実在するマンションの広さや立地といった条件を入れて。そうしたらちゃんとポエム調のきれいなものができたんですよ。
でも、人間が作る突拍子のないポエム、「何言ってんだ」みたいなツッコミたくなる内容には全然敵わないなと思いました。
川原 生成AIが作るものって無難なんですよね。統計情報に基づいているから、全体の平均的なものは出してくるけど、そこからは逸脱しづらいかも。
大山 生成AIは、赤羽のマンションの広告にアンダルシアを持ち出そうとは決してしないですからね。ある意味、マンションポエムって非常に人間臭いというか、人間の言葉を操る能力のすごさを体感できるものなのかも。
川原 それは希望が持てる話ですね。私の妻は「そこは、成城でもなく、仙川でもない。」というコピーを読んで、実際にはどこにあるマンションなのか調べたくなると言ってました。ある種の隙みたいなものを作ることで、こちらに行動を起こさせるという意味では作り手の勝ちなのかもしれません。
大山 読んだ人が何か言いたくなったり、何かをしたくなったりする。言葉によって人を動かす力がマンションポエムにあるんでしょうね。
『クロワッサン』1137号より
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