考察『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』5話 源内(安田顕)「属国とされて終わりましょうな」意次(渡辺謙)「戦を覚えておる者もおらんしな」早過ぎた天才の未来予想に戦慄
文・ぬえ イラスト・南天 編集・アライユキコ
蔦重、ぶんむくれる
『雛形若菜初模様』を仲良く眺めながらの、新之助(井之脇海)と松葉屋の座敷持花魁・うつせみ(小野花梨)との睦言から始まる。「そのうちそなたも掲載されるのか」という新之助の問いに、謙虚でいじらしい反応のうつせみ。「そなたの愛らしさがあまり世に知られてもな」と微笑みを交わし甘い時間に浸る風情は、恋人同士のようだ。しかし、うつせみは女郎である。逢うためにはお金が必要だし、今回来られたのも平賀源内(安田顕)が新之助に小遣いを渡したからである。あくまでもここは遊郭、吉原は疑似恋愛を楽しむ場所だ。
いや、この関係に真の恋心が存在してもしていなくても、切ないシーンである。
翌朝、松葉屋の広間で蔦重(横浜流星)が、ぶんむくれている。『雛形若菜初模様』で西村屋与八(西村まさ彦)にハシゴを外された、忘八連合に不条理を飲まされたことに、まだ納得がいかないのだ。「そもそも、仲間に入らなきゃ商いができないなんて当たり前のことじゃないか」と花の井(小芝風花)が諫める。ナレーションが解説する株仲間制度については、前回のドラマレビューでも触れた(記事はこちら)。
花の井「あんただって、吉原以外は取り締まれって言いに行ったじゃないか!」
困窮する吉原のために、ライバルである岡場所・宿場町の私娼を警動(けいどう)発令して取り締まってほしいと田沼意次(渡辺謙)に直訴したことを指摘する。
そのとき、蔦重は「吉原は幕府公認の組織だ、税金も納めているのだから既得権を守ってくれ」と主張したのだ。花の井は、それと今回の地本問屋たちの主張のどこが違うのかと諭す。
まあ、言ってしまえばそりゃそうだ。しかし、蔦重は納得いかない。
「若紫が突き出し(見習いが遊女としてデビューすること)になるから『吉原細見』を改めておいてくれ」と依頼する松葉屋主人・半左衛門(正名僕蔵)に、しまいにゃ舌打ちするわメンチ切るわの始末である。
まずいと見て取った唐丸(渡邉斗翔)が素早くフォローする。本当に利発な子だねえ。
蔦重にとってそんな大事な弟分である唐丸に、江戸市中で向こう傷の浪人(高木勝也)が声をかけてきた。唐丸には大火以前の記憶がない。だが、浪人はお前がどこの誰で、あの日なにをしたのか教えてやろうかと不気味な笑みを浮かべる。
江戸でも現代でも、保護者のいないときを狙って未成年に声をかける人間にろくな奴はいないぞ!
どうする源内、どうなる唐丸
一方そのころ、平賀源内。プロデュースする秩父(現在の埼玉県秩父市)の鉱山で発生した事故について地元の作業場の人々に追及され、採掘と鉄の精錬をやめたいと詰め寄られていた。そして投資した金を返せと。
源内「ここがふんばりどころじゃないですか」「めでたく災難も起こったことですし」
エジソンの格言「それは失敗ではない、失敗の理由を見つけたのだから成功だ」を思い出す台詞だが、10年を費やして事故が起き、出てきた言葉が「めでたく」だから現場の人は殴りたくもなるだろう。ただ、この鉱山はもともと甲斐武田家が金を採掘していたし、ずっと後の世、明治に入り鉄鋼開発が行われた。源内がまるっきり嘘をついていたわけではないのだ。技術が発達した後世に鉄が生産できたのなら、源内の「正しいやり方なら作れる」言葉どおりと言える。
怒りに駆られた事業者らに金を返すまでの人質として取られた男は、平秩東作(へづつとうさく/木村了)、内藤新宿の煙草屋で、戯作者、狂歌師でもある。源内のビジネスパートナーだった。さあどうする源内。
蔦重へ鱗形屋孫兵衛(片岡愛之助)から届いた手紙には、蔦重に鱗形屋専属の「吉原細見」の改(あらため)業者となれ、それならばこれから蔦重が作る出版物はすべて鱗形屋のものとして江戸市中で売ってやるとある。前回ラストで西村屋に述べていた、蔦重ごと吉原を丸抱えにする計画とはこれか。蔦重は釈然としない。
次郎兵衛(中村蒼)「ははあ。なんだ重三、欲が出てきたって話かい?」
義兄の指摘に少しだけ頭が冷えて自分を客観視する蔦重。このふたりのやり取りの傍ら、唐丸が銭箱を思いつめた目でじっと見つめている。そこに、向こう傷の浪人がやってきた! さっき唐丸になにかを吹き込んだのだろう。嫌な予感がする、回れ右して帰れ!
そこへ蔦重が浪人と唐丸の間に割って入り、笑顔で接客しながらも「唐丸、お前は中に入ってろ」と指示してくれる。これまでも厄介そうな客だと見たら唐丸に相手をさせず、守ってきたのだと伝わる場面だった。しかしそこに、フラフラの源内が現れたので唐丸と浪人から目を離さざるを得なくなる。
浪人が唐丸に「金はできたか」。コノヤロウ子どもに何言ってんだ。そして秘かに目線で銭箱を指して「今ならいけそうだぜ」と指示する。コノヤロウ子どもに何させようってんだ。
そうなりゃお前も死罪
源内がわざわざ蔦重を訪ねてきた目的は、炭の販売権を持つ株仲間に入りたい、炭問屋の株を売却したい人間を知らないかという相談だった。秩父鉱山事業を製鉄から炭の製造販売に切り替える案を出し、秩父の事業者らに納得してもらおうというのだ。
つるべ蕎麦の主人・半次郎(六平直政)の言う通り、燃料である炭は必ず売れる。
駿河屋市右衛門(高橋克実)の紹介で、廃業しようという薪炭問屋(綾田俊樹)を源内に引き合わせることができた。「こちとらだってな、れっきとした借金持ちだよ」「おお、いくらだい? 借金なら負けねえぜ」
こういうしょうもない勝負が古典落語のようで、いかにも江戸っぽい。
そのころ「つたや」では、次郎兵衛が銭箱の中身が減っていることに気づいた。唐丸に訊ねるが、唐丸は「次郎兵衛さん、何か買って忘れてません?」と、とぼける。そこへまた向こう傷の浪人がやってきた。また頼むぜと唐丸に金をせびる。
唐丸「いい加減にしないとお奉行に言うよ。あんた、死罪になるよ」
浪人「俺はお前があの日何をしたか言うけどな。そうなりゃお前も死罪だし、お前をかくまってた罪で、蔦重や次郎兵衛も死罪に遠島(島流し・死罪の次に重い刑)だ」
蔦重と次郎兵衛に累が及ぶと聞き、唐丸の顔色が変わる。
この頃の刑罰と量刑は8代将軍吉宗の治世に作成された法典『公事方御定書』が主な基準となっている。死刑は10両以上の窃盗、姦通、放火、強盗傷害、殺人などの罪に適用される。少年である唐丸が、過去にいったいどんな罪を犯したというのだろう。
待ってました、須原屋市兵衛!
蔦重と源内が日本橋近くを歩く場面。活気ある町の通りで、源内が己の生き方を語る。
源内「世の中の縛りにとらわれず、我が心の儘(まま)に生きる。我儘に生きることを自由に生きるっつうのよ。我儘を通してんだから、キツイのは仕方ねえや」
人の世の縛りにとらわれてもキツイ、とらわれなくてもキツイ。どちらを選ぶかは自分次第だ。その選択も我が心の儘に。
源内の言葉が、蔦重の心の中で未来への道を包んでいた、怒りと苛立ちの霧をサアッと晴らしてくれたかのようだ。源内に「本屋の株を買ってみようと思っています、そういう人を知りませんか」と問う。源内が案内したのは「須原屋・申椒堂(しんしょうどう)」──須原屋!! 『解体新書』(杉田玄白)、『火浣布略説』(平賀源内)、『民間備荒録』(建部清庵)など独創的、革新的な作品を数多く出版した版元(板元)だ。
待ってました、須原屋市兵衛(里見浩太朗)!
須原屋「本屋の株を買いてえと?」「お前さん漢籍は読めるのかい?」
江戸の出版業は大きく分けて儒学書・仏教経典・医学書・漢籍などの堅い内容の本を扱う業者である書物問屋、草双紙(赤本、黄表紙本など)・浄瑠璃本(人形芝居の詞章本)・浮世絵など大衆文化関連の本を扱う業者である地本問屋とに分かれていた。
鱗形屋孫兵衛、西村屋与八、鶴屋喜右衛門(風間俊介)らは、後者にあたる。
須原屋「地本屋さんは株仲間に入っちゃいねえよ」
書物問屋は株仲間を結成しているから「株」がある。地本問屋は独自の「仲間」というだけで「株」が存在しないので、源内が炭問屋でやったように株を入手して商売を始めるというわけにはいかない。地本問屋仲間がダメと言ったらダメという話だ。
俺が版元になる手はねえっすかねという蔦重に、須原屋が「どうだ、どこかの本屋に奉公に上がるっていうのは」「うちだって暖簾分けした店なんだよ」とアドバイスする。市兵衛自身が江戸出版界最大手・須原屋茂兵衛に奉公したのち独立した版元なのだ。
それにしても、須原屋市兵衛を演じる里見浩太朗のハマり具合ときたら! 素晴らしい。髷、着物、台詞まわし。全てが板についている。今回は短い出演時間だが、長く時代劇の中で生きてきた俳優が見せる風格に痺れた。
早過ぎた天才
鉄を炭にという事業転換案の準備は整い、あとは炭問屋の株購入費と当座の運転資金が要る。ということで、源内は田沼意次(渡辺謙)に報告と相談に訪れた。
国の現状を憂い、開国への夢を語りあう田沼意次と平賀源内の場面に胸が熱くなる。日本の外の人間と商売、交流するとなれば高貴な血筋など無意味になるだろう。
源内「異人相手に商売やっていいとなりゃ、いろんな奴が出てきましょうなあ」
通詞(通訳)、異人相手の外食店、造船、外国語教室……身分の上下なく知恵を絞ってどんどん新しい商売、新しい価値あるものを作り出して……止まらない源内の構想に意次、
「国を開けば全てが変わる。俺たちがやろうとしてることなど、ほっといても変わる世の中になる!」
源内の構想は未来そのものだ。彼はまさに早過ぎた天才で、それを理解する意次も傑物という場面。が、会話が弾むのはそこまで。ふたりとも今開国すれば何が待っているのかにも予想がついているだけにため息をつく。
源内「あっという間に属国とされて終わりましょうな」
意次「もうこの国には戦を覚えておる者もおらんしな」
米国のペリー提督が浦賀に来航するのが嘉永6年(1853年)、日米修好通商条約が安政5年(1858年)。源内と意次が夢見た開国は80年以上のちのこと。そして文久3年(1863年)薩英戦争や下関戦争を経て、日本は嫌でも異国との戦のやり方を覚えてゆくことになる。
「まことに小さな国が、開化期を迎えようとしている」。渡辺謙がナレーションを担当したドラマ『坂の上の雲』(2009〜11年)が描いた日露戦争まで129年。
その年月に、日本という国の模索と苦難と流血とが詰まっている。
消えた唐丸
茶屋「つたや」に帰ってきた蔦重に、次郎兵衛が「何か高い本を買った? 銭箱の金が減っているような気がするんだよ」と訊ねる。蔦重はちらりと唐丸を見るが、唐丸は背中をむけたまま。この話に加わってこないことそのものが、答えになっちゃってるよ唐丸………。
蔦重「そりゃ、義兄さんが何か買ったんじゃねえっすか?」
次郎兵衛「うーん。俺なのかなあ」
蔦重はすぐに気づいてはぐらかしたのだが、次郎兵衛も銭箱から金を抜いたのが誰なのかはわかった上で「俺なのかなあ」と、のんきな答えをしているのではないだろうか。
その夜、蔦重は唐丸に、鱗形屋に奉公して将来的には地本問屋として暖簾分けしてもらう計画を話した。そしてその上で「お前のことは約束通り当代一の絵師にすっからな」。
蔦重「まずお前の錦絵を『亡き春信の再来』って春信の画風で花魁を描くんだよ。その次は、同じ花魁を湖龍斎の画風で出すんだ。その次は重政の画風って次々と出せば」「この絵師は誰だ? って話になる、そこでドーンとお披露目だ」「あれよあれよというまに当代一の絵師になるって寸法だ」
目を輝かせて聞く唐丸。テレビの前のこちらも蔦重の売り出し計画を胸高鳴らせて聞きながら、唐丸はのちの歌麿か写楽か、それとも北斎かと考える。謎の絵師として注目を集めるなら写楽? しかし最初に鈴木春信風で、礒田湖龍斎、北尾重政、それぞれの画風を真似た美人画というなら、もしや北斎? 北斎の絵は、初期のものは個性がさほど感じられず様々な絵師の影響がみられるのだ。楽しい話をした上で、蔦重は改まった口調で問う。
蔦重「おまえ何か隠してねえか? 困ってることがあるなら言え」「力になる。なんせお前は俺の大事な相方だ」
唐丸「……ないよ、なやみごとなんて」
唐丸が泣きそうだが、蔦重もかすかに声が震えている。守りたい存在に打ち明けてもらえず頼ってもらえないのは、とても辛く悲しい。しかし蔦重は微笑む。
この場面は横浜流星と渡邉斗翔、ふたりの演技がとても良い。お互いを守りたいという愛情が感じられる。そして翌朝、銭箱とともに唐丸は消えた。
必死に探し回る蔦重だが、唐丸は向こう傷の浪人と待ち合わせていた。「なんにも覚えてねえって、いい手口考えたもんだよなあ」。浪人の言葉と唐丸の挙動から察するに、この子の記憶喪失は偽りだ。なにごとか秘密を抱えたまま全くの別人として、蔦重とともに暮らしてきた。一体なぜと思っていたら、唐丸が浪人に抱き着き大川に飛び込んだ! か、唐丸!
日が暮れるまで探し回り「つたや」に帰ってきた蔦重を待っていたのは、町方同心(現代の警察官に当たる役人)だった。川で向こう傷の浪人の溺死体が上がったという。あいつは盗人の一味だったらしい。蔦重が盗賊一味と関係しているのではという目で見てきた同心に、
駿河屋市右衛門「吉原はお上に咎人を突き出す役目もございます。そんな輩と関わりがあるとしたら、私がこいつらを突き出しますんで」
幕府公認の遊郭・吉原が生まれた理由のひとつが、大坂の陣で滅んだ豊臣方の残党、反徳川幕府の不逞浪人が紛れ込んだ場合の捕縛・通報であったという。高い塀と周りを囲んだ堀、一つしかない大門は女郎の逃亡を防ぐためだけでなく、万一の場合の逮捕に有効だった。幕府が吉原開設の際に出した条件の中に不審者の届け出義務がある。
朝顔姐さんの教え
唐丸失踪の噂を聞きつけた花の井が、気落ちする蔦重に語りかける。
花の井「わっちは唐丸は親元に帰ったと思ってるけどねえ。まことのことがわからないなら、できるだけ楽しいことを考える。それがわっちらの流儀だろう」
朝顔(愛希れいか)姐さんの教えだ。苦しいこの世で生き抜くために、絶望しないように。
「きっと豊かな大店の後継で、でも家業に身が入らなくて絵ばっかり描いている」……。
ちなみにこの頃、京都では青物問屋の主人だった伊藤若冲が早めの隠居をして、絵師として活躍している。蔦重は唐丸を謎の絵師として売り出す夢をふたたび語るのだった。
謎の絵師。やはり写楽か? 東洲斎写楽は、突然錦絵の世界に現れ忽然と消えた絵師だ。唐丸が人に明かせない過去を持つらしいとなると、それが写楽が突然消えてしまった理由に繋がるのかもと思う。しかし。叶わぬ夢を語りあう源内と意次の場面と、蔦重が唐丸に夢を語る場面が対になっていたこの5話。「謎の絵師として売り出す」願いが、叶わぬ夢になったりしませんよね? ここは九郎助稲荷のご利益を信じたい。蔦重と唐丸が、また会えますように。
涙を拭いて、蔦重は動き出す。鱗形屋に頭を下げて専属の改業者になる、吉原に人を呼べる出版物を鱗形屋から出してゆくと。蔦重は柳のようにしなやかに強く、向かい風にも負けないのがいい。
ところでオープニングクレジットでは毎回名前があるのに、2話の「源内先生! その節はお世話になりまして」場面以外はどこにいるのかわかりにくい平沢常富(尾美としのり)(記事はこちら)。この5話では次郎兵衛が蔦重に「俺、もう帰っていい? 」と話している場面で「つたや」の前を横切っている。4話では蔦重が市右衛門にアドバイスを求める場面で、提灯を持ち駿河屋の前を歩いていた。遡って3話(記事はこちら)、『一目千本』を手に吉原に押し寄せた男たちの場面だ。大門のあたりに一人、大小(刀)を腰に差して歩く武士がいる。刀を差したまま大門をくぐれるのは、中に馴染みの引手茶屋がある常連客だけ。平沢常富は吉原で遊び尽くした久保田藩江戸留守居役。常連中の常連だ。それに、この侍の風貌が尾美としのりに似ている。……いや、こんなんわかりませんて!
次週予告。鱗形屋の下で働き始めた蔦重。しかし、偽板って? 長谷川平蔵(中村隼人)再登場、意外に早く戻ってきた。江戸城では田沼意次を廃する動きが。次は平沢常富はどの場面にいるのか、尾美としのりをさがせ!
6話が楽しみですね。
*******************
NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』
公式ホームページ
脚本:森下佳子
制作統括:藤並英樹、石村将太
演出:大原拓、深川貴志、小谷高義、新田真三、大嶋慧介
出演:横浜流星、安田顕、小芝風花、高橋克実、渡辺謙 他
プロデューサー:松田恭典、藤原敬久、積田有希
音楽:ジョン・グラム
語り:綾瀬はるか