観てよかった映画、2024年の収穫はこれ!
撮影・黒川ひろみ 文・嶌 陽子 イラストレーション・黒木雅巳 構成・堀越和幸
“何も起こらない”けれども心に残る作品。
植本一子(うえもと・いちこ)さん
写真家、文筆家
写真集に『うれしい生活』(河出書房新社)、著書に『かなわない』(タバブックス)、『愛は時間がかかる』(筑摩書房)など。
日々の暮らしに鈍感になっている人に
『関心領域』
ユダヤ人を中心に多くの人々を死に至らしめたアウシュビッツ強制収容所。その隣で平和な生活を送る一家の日々の営みを描く。監督:ジョナサン・グレイザー 出演:クリスティアン・フリーデル、サンドラ・ヒュラーほか
情報社会に嫌気がさしたあなたへ
『石がある』
旅行会社に勤める女性が仕事で郊外の町を訪れ、川辺で水切りをしている男性と出会う。何となく話し始めた2人は、いつしか上流に向かってぶらぶらと川原を歩き出す。監督:太田達成 出演:小川あん、加納土ほか
植本一子さんが推す2作はどちらも一見〝何も起こらない〞映画。けれどそれぞれに深く心に残ったという。「『関心領域』はホロコーストを扱った映画ですが、強制収容所の様子は一切描かれません。収容所の隣で暮らすドイツ人家族の牧歌的な日常を淡々と描くだけ。だからこそ訴えてくるものがある。隣で何が行われているか分かっているはずなのに、身の周りの守られた空間だけが世界の全てと思っている、それが本当に怖い。もしも自分が同じ立場に置かれたら……と考えさせられます。
今、世界各地で起きている戦争に関心をきちんと向けているのか、そんな問いを突きつけられる作品です」。『石がある』は、川原で偶然出会った男女が一緒の時間を過ごす様子を描く。「とても風通しのいい映画。自分も一緒に川沿いを歩いているような気持ちになりました。情報があふれる現代、普段はなかなか得られない豊かな〝空白〞を受け取れる作品だと思います」
これまでになかった女性映画の登場に喝采。
夏目深雪(なつめ・みゆき)さん
映画評論家、編集者
映画評の執筆、映画本の企画編集などを行う。多摩美術大学講師。編著書に『飛躍するインド映画の世界』(PICK UP PRESS)など。
とにかくすっきりしたい人に
『ナミビアの砂漠』
やり場のない感情を抱いたまま毎日を過ごす21歳のカナ。優しいが退屈な恋人から、自信家で刺激的な映像クリエイターに乗り換え新しい生活を始めるが……。監督:山中瑶子 出演:河合優実、金子大地、寛一郎ほか
人生のジェットコースターを体験したい人に
『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』
世界的ファッションデザイナー、ジョン・ガリアーノの栄光と転落、復活までの軌跡に迫るドキュメンタリー。監督:ケヴィン・マクドナルド 出演:ジョン・ガリアーノ、ケイト・モスほか
「これまでにない女性映画」と夏目深雪さんが絶賛するのが『ナミビアの砂漠』。「注目の若手、山中瑶子監督と最近引っ張りだこの女優、河合優実さんがタッグを組んだ作品。現代の若い女性のありのままの姿を、あくまでも女性の視点から描いているのが新鮮。人間描写においてレッテルを貼らない姿勢も新しいなと思いました。破天荒なヒロインの、思ったままに行動する姿にもすっきりします」。
『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』は、ファッションも堪能できる作品。「前半はアーカイブ映像を通じてガリアーノのコレクションの歴史を追っていくのですが、それが本当にゴージャス。後半では2011年に彼が反ユダヤ主義的発言で逮捕されるという事件を、さまざまな人の証言を元に詳細に、かつ公平に描いています。ヨーロッパにおけるユダヤ人問題の文脈、キャンセル・カルチャー、差別問題など、さまざまなことを考えさせられる作品です」
大人だからこそ味わえる人生の機微やほろ苦さ。
山崎まどか(やまざき・まどか)さん
コラムニスト、翻訳家
近著に『優雅な読書が最高の復讐である』(DU BOOKS)、訳書にレナ・ダナム著『ありがちな女じゃない』(河出書房新社)など。
一筋縄ではいかない展開が好きな人へ
『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』
1970年代、マサチューセッツ州の全寮制の学校を舞台に、孤独な3人の絆を描く。監督:アレクサンダー・ペイン 出演:ポール・ジアマッティ、ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ、ドミニク・セッサほか
大人のおとぎ話を求める人へ
『ブルックリンでオペラを』
ニューヨークに暮らす夫婦の人生が、ある出会いをきっかけに劇的に変化していく様子を描いたロマンティックコメディ。監督:レベッカ・ミラー 出演:アン・ハサウェイ、ピーター・ディンクレイジ、マリサ・トメイほか
山崎まどかさんおすすめの『ホールドオーバーズ』は、まさにこの時季にぴったりの作品。「1970年代の寄宿学校を舞台にしたクリスマスの話。嫌われ者の教師、息子をベトナム戦争で亡くした食堂の料理長の女性、そして家族関係に問題を抱える気難しい男子生徒の3人が、クリスマス休暇に学校に残ることになり、一緒に過ごすうちに絆が生まれていくという話です。ハートウォームな部分もありつつ、ほろ苦さや切なさもあり、ラストも人生の厳しさを滲ませているのがいいなと」。
『ブルックリンでオペラを』は一風変わったラブコメディ。「あまりうまくいっていない夫婦がいて、夫が偶然知り合った女性と関係を持ってしまうなど、話の筋だけ追っていくとドロドロしかねないのに、映画全体の雰囲気はすごく可愛いんです。いろいろな問題が起きつつ、最後には奇跡的に全部うまく収まります。特にアン・ハサウェイ演じる妻がどうなるかは必見です!」
忙しい年末にこそ人生について考える映画を。
LiLiCo(りりこ)さん
タレント、映画コメンテーター
スウェーデン出身。1988年に来日し、翌年、芸能活動をスタート。テレビやラジオ番組のレギュラー出演、雑誌連載など、多方面で活躍中。
恋はやっぱり楽しいと思いたい人に
『恋するプリテンダー』
最高の一夜を過ごした直後に最悪の別れ方をした男女。数年後にオーストラリアで偶然再会、事情により恋人のふりをすることに。監督:ウィル・グラック 出演:シドニー・スウィーニー、グレン・パウエルほか
最強のエンターテインメントに出合いたい人に
『ビニールハウス』
少年院にいる息子と再び一緒に暮らすことを夢見ながらビニールハウスで暮らす訪問介護士の女。思いがけない状況下での彼女の選択が、取り返しのつかない破滅を招く。監督:イ・ソルヒ 出演:キム・ソヒョンほか
人生について考えたい人へ
『異人たち』
山田太一の長編小説「異人たちとの夏」をイギリス人監督が映画化。ロンドンで孤独に暮らす中年男性が子どもの頃に死別したはずの両親と出会う。監督:アンドリュー・ヘイ 出演:アンドリュー・スコットほか
『恋するプリテンダー』は、LiLiCoさんが今年一番笑ったというラブコメ。「主役の2人のやりとりや駆け引きがおかしくて。ずっと笑顔で観てしまうハッピーな作品です」。打って変わって『ビニールハウス』は韓国のどろどろドラマ。「瞬きもしたくないほど毎秒が刺激的で怖い。特にラストシーンが衝撃的! しばらく口が開きっぱなしでした」。
『異人たち』は、見た後で人生について考えたくなる。「両親との思い出や、過去に囚われる気持ちなど、さまざまな感情が呼び起こされる作品。何よりも、誰かを気にかけることの大切さ、人とつながることの大切さを教えてくれます」
『クロワッサン』1131号より
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