考察『光る君へ』44話 遂に道長(柄本佑)の「このよをば」!果たして「この世」なのか「この夜」なのか?見上げる望月は、まひろ(吉高由里子)と結ばれたあの夜と同じ月
文・ぬえ イラスト・南天 編集・アライユキコ
道長の思い出
長和4年(1015年)病が悪化し、目が見えず耳も聞こえない三条帝(木村達成)。
公卿、参議とのやり取りに支障が生じている。帝がこの状況を「問題がない」とするのであれば、正常な判断力を失っていると言わざるを得ない。
周囲からの譲位への圧力を何とか和らげようと、帝は第二皇女・禔子(やすこ)内親王を道長(柄本佑)の嫡男・頼通(渡邊圭祐)の嫡妻として降嫁させるという左大臣家懐柔策に出た。しかし、その縁談を両親から持ち掛けられた頼通は強く反発する。
頼通「そのようなことをお命じになるのなら、私は隆姫(田中日奈子)を連れて都を出ます。藤原も、左大臣の嫡男であることも捨て、ふたりきりで生きてまいります」
道長にはその気持ちが痛いほどわかる。かつて自分も、まひろ(吉高由里子)にそう語りかけたのだ。一緒に都を出よう、藤原を捨てる。右大臣の息子であることもやめると……しかし「わかる」とは口に出せない。妻・倫子(黒木華)に打ち明けられない思い出を、道長は月影の中に見る。
譲位を決めた三条帝
道長は、長女である皇太后・彰子(見上愛)に頼通の説得を頼もうとするが、彰子は「禔子内親王様は、名ばかりの妻となってしまうであろう……かつての私のようでお気の毒なことだ」と内親王に同情的だ。禔子内親王はこのとき13歳、頼通は23歳、隆姫は20歳。12歳で既に定子(高畑充希)という后のいる一条帝(塩野瑛久)に入内した自分と重ねずにはいられないのだろう。
「この婚儀はだれも幸せにならぬとお断りするがよい」と突っぱねられた。道長は次女の中宮・姸子(倉沢杏菜)のご機嫌伺いと称して藤壺に顔を出したが「禎子(よしこ/子役さんのお名前わからず)が産まれたときは皇子でないのかと落胆したと聞いた、今更なんなのか」と批難される。
ところで、この場面で母親である姸子から、
「私はここで、この子と諦めながら生きてまいります」
と言われた可愛い小さな女の子、禎子内親王とは、のちに藤原摂関家を外戚とせず、頼通・教通(姫小松柾)兄弟と対立する帝──後三条天皇の母であり、摂関政治終焉のトリガーなのだ。歴史上の超重要人物がニコニコ笑顔で座っている。
后である娘たちからの援護を望めない道長は、禔子内親王降嫁を断る口実として、頼通に「病になれ。それしかない」と仮病作戦を勧めた。
サラッと「伊周(三浦翔平)の怨霊によるものだ」と言うが、仮病のダシに使われた伊周も泉下で驚いているのではないか。このときの頼通の重病は、『栄花物語』では隆姫女王の父・具平(ともひら)親王の怨霊によるものとし、『小右記』はドラマのとおり伊周の霊が影響したことを記す。
懐柔策が失敗して肩を落とす三条帝に、実資(秋山竜次)がアドバイスした。前回43話(記事はこちら)では「もう二度と私を頼るな!」と怒り心頭だったが、帝に頼られたら熟慮のうえで提案をする。個人的な憤りは脇に置き、廷臣としての忠誠心を示せるところがさすがだ。実資のいう「奥の手」とは、帝の長男・敦明親王(阿佐辰美)を東宮とすることを条件として譲位する──レビュー36回(記事はこちら)で記したとおり、三条帝の憂慮は父・冷泉帝の皇統が絶えることであったから、敦明東宮が実現するならば将来的な悩みは解決するのだ。
譲位を決めた三条帝は美しい三日月の夜、皇后・娍子(朝倉あき)に寄り添われて横たわる。『小倉百人一首』三条院の歌は、まさにこの譲位をする時に詠まれたとされる。
心にもあらで憂き世にながらえば恋しかるべき夜半の月かな
(死んでしまいたいくらい辛い世であっても生きながらえたなら、いつかこの夜更の月を懐かしく思い出す日が来るのだろうな)
病に蝕まれた目に月は見えてはいない。しかし、衰弱しつつもその表情には重荷から解放され、沖融たる風情すら漂う。愛する娍子と過ごしたこの安らかな夜のことを、三条帝は忘れないだろう。そして観ているこちらも、これから先「心にもあらで憂き世にながらえば」の歌に触れるたびに、この帝と皇后を思い出すに違いないのだ。
穆子、為時、お疲れ様でした
長和5年(1016年)2月、ついに道長の孫である敦成親王が即位し、後一条天皇(橋本偉成)となった。彰子は国母(こくも)、道長は摂政(天皇に代わり政務を行う者)となり、名実ともに国の頂点に立つ。
彰子の祖母であり倫子の母、穆子(むつこ/石野真子)は、曽孫が帝に……と感慨深げだ。
穆子「道長様は大当たりだったわ。私に見る目があったからよ」
ふふふ、と倫子と笑い合う。あの日、突然訪ねてきた道長を彼女が「入れておしまい」と倫子の部屋に通さなかったら、彰子の入内を拒む倫子を「入内したら不幸せになると決まったものでもない」「なにがどうなるかはやってみなければわからない」と説得しなかったら、今日の土御門殿の繁栄はなかった……まさに立役者である。
倫子に「母上。もうお休みなさいませ」と促されて床に向かう。穆子は曽孫が即位したこの年の秋、86歳でその生涯を閉じた。キュートで聡明で豪胆な、土御門殿のゴッドマザーだった。お疲れ様でした。
老いは誰にでも訪れる。まひろ(吉高由里子)の父・為時(岸谷五朗)もそれを実感し、出家の意志を切り出した。
まひろ「父上。長らくご苦労様でございました」
これまでこの作品での出家は、騙されて、あるいは絶望してなど、涙と憤りが伴った。しかし為時の出家は、この世でやるべきことをやり、見届けるべきものを見届けた充実感がある。藤原為時は滋賀県大津市の三井寺で出家したと、この年の『小右記』に記される。
父上はまだドラマでは登場するようだが、ひとまずお疲れ様でした。
紫式部としてのメッセージ
後一条帝の御代が始まった。昼御座(ひのおまし)の御簾の内には帝と共に道長が入り、逐一帝に耳打ちする。幼い帝はその言葉をそっくりそのまま繰り返すだけだ。「傀儡」という言葉が脳裏に浮かぶし、それは公卿・参議たちも同じらしい。
帝の傍にいるだけでなく、これまでと同じく左大臣として陣定にも出席し続ける道長に、公任(町田啓太)が進言した。
「傍から見れば欲張りすぎだ。左大臣をやめろ」「道長のためを思うて言うておる」
独裁者になってもなお、皆の意見を取り入れた政をする左大臣として存在したいのか。そんなものはポーズに過ぎないと、誰もがそう思っているのだ。気づいていないのは道長だけだ──。
まっすぐに目を見据えて言う公任に、四納言の存在を感じる。彼と斉信(金田哲)、行成(渡辺大知)、俊賢(本田大輔)らが話しあい、誰が道長のもとに行くかを決めたのだろう。目に浮かぶようだ。彼らはこれまでのように、道長の前で揃っての密談をしない。
頂に立った者たの孤独を感じる場面だった。
『源氏物語』宇治十帖執筆を続けるまひろの局で、道長は摂政と左大臣のどちらも辞して、摂政は頼通に譲るという相談をする。
まひろ「頼通様に、あなたの思いは伝わっておりますの? 民を思いやるお心にございます」
道長「ああ……どうだろう」
前回の43話で実資に「民の幸せとは? 民の顔など見えておられるのか?」と問い詰められた道長は言葉を濁す。頼通に伝える前に、民を思いやる政とはなんなのかを己でさえ明確につかめていない。
道長「俺の思いを伝えたところで、なんの意味があろう。お前の物語も、人の一生は虚しいという物語ではなかったか?」
まひろ「道長様のお気持ちがすぐに頼通様に伝わらなくても、いずれ気づかれるやもしれませぬ。そして次の代、また次の代へと。一人でなせなかったことも、時を経ればなせるやもしれませぬ。私はそれを念じております」
『源氏物語』全編を通して描かれるのは生老病死、愛別離苦である。人として生まれた以上、貴賤問わずこれらの苦しみから逃れることはできない。では、苦しみ多きこの世は、人生は生きるに値しないのか? けしてそうではあるまいということも、物語は訴えかける。
まひろの「念じております」という台詞は、1000年読み継がれる『源氏物語』の作者・紫式部としての、我々へのメッセージだ。
道長「ならば、お前だけは念じていてくれ」
俺の思いが誰にも理解されなくても、俺の周りに誰もいなくなっても、お前だけは。
ふたりは魂で繋がっているのだから……と見交わすふたりのもとに現れる、倫子。
倫子「政の話を藤式部にはなさるのね」
微笑みながらもチクリと刺す。ああ、やっぱり道長が心から愛する女はまひろだと確信しているのだな。道長を迎えに来たと思ったら、一緒に立ち去らずまひろの局に残る倫子を、えっ残るのか!? と振り返る道長に笑う。
倫子「我が殿の華やかなご生涯を、書物にして残したいのよ。やってくれるかしら」
えーっ? 『栄花物語』の執筆依頼をまひろに? 紫式部が作者という説があるのかしらと思いながら観ていた。このドラマのまひろ、道長、倫子の関係から思えば、夫のことを自分よりも理解しているのであろう女の筆による藤原道長は、一体どんな風に描かれるのか見てやろうではないか……という思いを感じる。と同時に、いつからこのふたりは繋がっているのか、生涯を書くという主旨から把握しようという意味にも取れる。どちらにしても怖いですってば倫子様。
頼通、結局お前もそうなのか
道長が摂政と左大臣を退き、頼通が摂政となった。母・倫子と嫡妻・隆姫、そして弟妹たちという身内だけの祝いの席で、
頼通「さっそくだが、威子(たけこ/佐月絵美)。入内してくれぬか」
威子「えっ? 帝は10歳、私は19歳でございますが」
年齢もそうだが、後一条帝は威子の姉・彰子の子なので威子にとっては甥にあたる。後一条帝の両親である一条帝と彰子は従兄妹同士だった。今更だが、平安時代のかしこきあたりは血が近すぎないか。親戚同士で結婚を繰り返している。
年齢差がありすぎると戸惑う威子の隣で、倫子の産んだ末娘・嬉子(よしこ/太田結乃)が、
嬉子「兄上。私が参ります。私は11歳。帝のひとつ上ですので」
頼通「嬉子には嬉子の役目がある」
嬉子はこの後、彰子の次男・敦良親王(立野空侑)が東宮として立太子した際、頼通の養女として入内するのだ。こっちも叔母と甥婚、道長の血でがんじがらめ!
頼通は妻の隆姫女王との間に子がなくてもよい、それで我々は幸せだと言い切ったが、妹たちを権力維持のための道具とすることには躊躇がない。頼通ぃ、このぉ。結局お前もそうなのかぁ!
嫌がる威子に、倫子が「帝の最初のおなごとなり、帝の御心をしかと掴むのです」。この一年、貴族の皆さんは優雅なお言葉づかいでエグいことばっかり言ってたなあ……もちろん倫子のこの言葉は、幼い頃の一条帝と定子の例を踏まえてのことだ。
本人の意思は関係なく、威子は後一条帝に入内した。
明けて寛仁元年(1017年)春、三条院崩御。
三条院「娍子……闇を共に歩んでくれて、嬉しかったぞ」
娍子「主上はいつまでも、私の主上でございます」
時勢に翻弄され続けた悲しき帝。それでも傍にずっと、娍子という最愛の女性がいたのだと描いてくれたことに感謝したい。
敦明親王が東宮の地位を自ら退いたことはナレーション紹介のみとなってしまったが、その影響、波紋は非常にドラマチックである。先週の清少納言(ファーストサマーウイカ)の場面でも感じたが、以前のように大河ドラマが50話あったら、このあたりも描かれたのではと思い残念だ。
敦明親王の東宮辞退を受けて、道長の孫で彰子の次男・敦良親王が東宮となった。
そしてついに、その瞬間がやってくる──。
「このよをば」の真意とは
寛仁2年(1018年)。彰子が太皇太后、姸子は皇太后、威子が中宮となり、3つの后の地位を道長の娘3人が占めた。一家三后。これを『小右記録』は「未曾有なり」と記した。
威子中宮立后の夜に催された宴。娘たちに晴れやかな表情は見えない。国母としての威厳を崩さない彰子はともかく、姸子と威子には、一族栄華のための道具にされたとしても心までいいようにされてたまるものかという矜持を感じる。
紅葉舞い散るなか披露される舞……久しぶりに漫画『あさきゆめみし』で見たやつ!『源氏物語』7帖「紅葉賀」だ! と拍手した。そして、道長が身にまとっているのは直衣布袴(のうしほうこ)。『源氏物語』8帖「花宴」での光源氏と同じ、平安貴族の特別な姿……! これを着こなすなんて、柄本佑すごい……興奮と感激で泣きそうだった。
酒宴で道長が盃を皆に回す。36話(記事はこちら)で後一条帝が誕生した際に、まひろが満月を眺めながら詠んだ、
めづらしき光さしそふ盃はもちながらこそ千代も巡らめ
(若宮様ご誕生という素晴らしい栄光に包まれたこの盃は、今宵の望月のように欠けることなく、人々が集った輪の内を永遠に巡ってゆくことでしょう)
この歌をそのまま実現させたかのような場面だ。あのとき道長は「いい歌だ。覚えておこう」と言った。まひろも覚えていてるなら、ふたりにだけ通じるメッセージか。立ち上がる道長……実資を傍に呼び、今から詠む歌の返歌を求めた。
このよをば我がよとぞ思ふ望月のかけたることもなしと思へば
あまりにも有名なこの歌は、実資の『小右記』にしか記録されていない。多くの貴族がこの宴に出席していたにも関わらずだ。道長も自身の日記『御堂関白記』で歌を詠み皆が唱和したとだけ書き、歌そのものは残していない。しかし、なんでも細かく記録している実資がこの歌のみ嘘を書く意味はないから、本当に道長が詠んだのだろうという信頼がある。
優美な歌だから返歌できない。元禛(元微之)と白楽天の故事にちなみ、皆で唱和しましょうと呼びかけたのも『小右記』のとおりだ。ここで、あっと思い出した。
6話の漢詩の会において道長が他の誰にもわからないよう、白楽天の漢詩『禁中九日 対菊花酒憶元九(きんちゅうくじつ、菊花の酒に対し元九※元禛のこと※を憶う)』でまひろに熱い愛を伝えたことを。
「君をおいて、他の誰と酒を呑もうか。私はひとり君を思い、君の作った菊花の詩を吟じて過ごした……」
ここか! このよをばの場面につなげるために、あの序盤で元禛を思う白楽天の菊花の詩を出したのか、しかも隠された愛の言葉として……! 6話(記事はこちら)の時点では道長がこんなにもまひろまひろの人生を送るとは思っていなかったから結びつかなかった。なんちゅうドラマづくりをするのか、大石静!
「このよをば…」は筆で記した歌ではなく、実資が聞いたものだから「この世をば」なのか「この夜をば」なのか本当のところはわからず、歌の解釈も様々だ。一般的に教科書などで紹介されるときは「この世は私のものだと思う。私の人生は満月のように欠けたところがないのだから」など、すべてを手に入れた平安貴族の、驕りの象徴のように訳されてきた。
しかし、この作品の道長は、后位につけた娘たちからは憎まれ積年の友たちからは距離を置かれ、政の目的さえ見失った自分を客観視しており、驕るどころではない。
詠む声は静かで、どこか夢見るような口調である。見上げる望月は、まひろと結ばれたあの夜と同じ月……。
(あのとき「この夜は俺の人生で最高の夜だ」と思ったのだ。お前を得て、望月のように満たされたから)
まひろが受け取った「このよをば」の歌の意味は、こうではなかったか。月光の雫のような煌めきも、自分を振り返り微笑む道長の表情──この歌のたったひとつの意味はお前だけに伝わればよいという笑みも、まひろにだけ見えているものだ。
満ちたものは欠けてゆく。繰り返される唱和の声は賑々しい祝賀とは程遠く、絶頂を迎えた藤原道長を弔う読経のようだった。
次週予告。敦康親王(片岡千之助)倒れる! 皇太后の涙。まひろが自分の手を握る道長の手を解く……「私の役目は終わったと申しました」藤式部が皆の前から消える? 賢子(南沙良)の女房装束とってもお似合い。 子猫がにゃー! 赤染衛門先生(凰稀かなめ)が執筆。安心しました。周明(松下洸平)うさんくさい髭はやして再登場 !!! 海辺を駆けるまひろは現実の彼女? それとも……。
46話が楽しみですね。最終回まで残り4話!
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NHK大河ドラマ『光る君へ』
公式ホームページ
脚本:大石静
制作統括:内田ゆき、松園武大
演出:中島由貴、佐々木善春、中泉慧、黛りんたろう
出演:吉高由里子、柄本佑、黒木華、見上愛、塩野瑛久、木村達成、南沙良、岸谷五朗 他
プロデューサー:大越大士
音楽:冬野ユミ
語り:伊東敏恵アナウンサー
*このレビューは、ドラマの設定(掲載時点の最新話まで)をもとに記述しています。
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