考察『光る君へ』41話 敦明親王(阿佐辰美)に猛アプローチする妍子(倉沢杏菜)「邪魔なさらないで」の迫力!新しい時代の到来が迫っている
文・ぬえ イラスト・南天 編集・アライユキコ
「私は怒ることが嫌いなの」
まひろ(吉高由里子)と賢子(南沙良)の家でなぜ知らない男、双寿丸(伊藤健太郎)が食事しているのかという経緯を乙丸(矢部太郎)が、まひろと乳母・いと(信川清順)らに必死に説明しようとしているが、要領を得ない。乳母・いとは双寿丸を警戒して追い出しに躍起になるが、まひろは楽しそうに笑いあう賢子と双寿丸を見て、出会った頃の三郎(道長)、そして直秀(毎熊克哉)と自分を思い出しているのだろう。
夜具を延べながら、まひろと賢子はかなり打ち解けた様子だ。やはり惟規(のぶのり/高杉真宙)が、母娘ふたりの隔てを打ち消してくれた。
賢子「私は怒ることが嫌いなの」
まひろ「私にはよく怒っていたわよ」
賢子「母上以外には怒っていません」
賢子の実の父・道長(柄本佑)の「俺は怒るのは嫌いなんだ」を思い出して微笑むまひろ。
そして、まひろは気づいただろうか……あれが幼い賢子なりの母への甘え方だったのだと。
少女は成長し、母娘が大人として向き合える時が訪れた。
手ごわい三条帝
一条帝(塩野瑛久)を亡くした中宮・彰子(見上愛)と、遺児・敦成(あつひら)親王(濱田碧生)、仕えるまひろも喪の色を身に着けている。
彰子
見るままに露ぞこぼるるおくれにし心も知らぬ撫子の花
(見るにつけ涙がこぼれる。父帝に先立たれたこともわからぬ程に幼い我が子よ)
「もっと歌を交わしたかった、語り合いたかった、敦成も敦良(あつなが)も抱いてほしかった」
中宮の悲しみ、かしこきあたりの方々の愛しあう姿と悲哀が紫式部の筆に宿り『源氏物語』に厚みを与えてゆくのだろう。
三条帝(木村達成)は、道長の兄・道綱(上地雄輔)、道長の甥・隆家(竜星涼)、道長の息子・教通(のりみち/姫小松柾)を側近に選ぶ。教通は倫子(黒木華)の息子で、道長にとって五男。同じく倫子の子で長男の頼通(渡邊圭祐)は「なぜ私が選ばれなかったのか」と父に不満を漏らす。
道長「帝に取り込まれなかったことをむしろ喜べ。お前が先頭に立つのは東宮様(敦成親王)が帝になられるときだ」
道長は自覚していないようだが、父・兼家(段田安則)が嫡男・道隆(井浦新)を穢れなき存在にするため、次男・道兼(玉置玲央)に汚れ仕事をさせるのだと述べたのと同じく、権力を掌握し続けるために我が子たちを駒として動かすことを当然だと考えるようになっている。
明子(瀧内公美)の息子たち──頼宗(上村海成)と顕信(百瀬朔)のうち、顕信は父・道長に、我々が公卿になるのはいつなのかと熱心に問う。母である明子の、土御門殿の倫子の子らへのライバル心と願望をそのまま浴びて育った息子の姿が哀れで不穏だ。
そして三条帝の御代がスタート。道長を関白にという御言葉だが、道長は断る。
帝は「まことに残念なことである」と言いつつ、その表情は全く残念そうではない、というよりも予想していたような余裕である。そして断るなら朕の願いをひとつ聞けと……。
「娍子(すけこ/朝倉あき)を女御とする」
娍子はこのとき39歳。帝と連れ添って20年である。大納言だった父・藤原済時を16年前に亡くして後ろ盾のない妻を、押しも押されもせぬ権勢を誇る道長の娘・姸子(きよこ/倉沢杏菜)と同じく女御として後宮に住まわせるための計画だと思えば、麗しい夫婦愛に思えるではないか。しかし、それだけだろうか?
いずれにせよ新帝は官位と要求をセットで出してくる。昇進を受けても断っても、その先には帝が打った布石が待っている仕掛け。これは道長にとって手ごわいぞ……。
一条帝に読んで欲しかった「御法」「幻」
ここで問題です。帝が敷く新体制への対応に疲れた左大臣はどうするのでしょうか? ハイ正解、まひろの局に息抜きに行きます。まひろが書いている和歌は、
うき世には雪消えなむと思ひつつ思ひの外になほぞほどふる
(憂き世から雪のように消えてしまいたいと思っているのに、意外にもまだ生きているのです)
これは『源氏物語』41帖「幻」の一節だ。
道長「まだ書いておるのか」
まひろ「ずいぶんな仰せではありませんの? 書けと仰せになったのは道長様ですよ」
まったく酷い言い分である。もともと、一条帝を彰子のもとに渡らせるための物語執筆作戦だったとはいえ、書かせたのは道長ではないか。作品としての『源氏物語』にはもう興味がないということか。
道長「光る君と紫の上はどうなるのだ」
まひろ「紫の上は死にました」
道長の「えっ? ヒロイン死ぬの?」という反応。ネットのネタバレ情報を見て驚く我々と同じである。道長は読んでいないようだが、紫の上は40帖「御法(みのり)」で死んだ。
光源氏51歳。大病のあと、衰弱した紫の上は出家を望むが、彼女と別れたくない光源氏は引きとめる。その春に紫の上は法華経法要を二条邸で執り行った。光源氏の愛した女人たちである明石の御方や花散里も参列し、紫の上はそれぞれと歌を交わす。
夏、紫の上は可愛がっている孫の匂宮(におうのみや)に、毎春庭の桜の花を自分の代わりに愛でてほしいと、遺言ともとれる言葉をかけた。弱ってゆきながら紫の上は周りの皆に別れを告げる。
そして秋、養女である明石の中宮の見舞いを受け、そのまま紫の上は息を引き取る。
萩の上の露が風に散るかのような、はかない最期だった。
今まひろが書いている41帖「幻」は、
光源氏52歳。紫の上を喪って嘆き悲しむ日々を送っていた。それだけでなく、他の女たちのもとに通ったことで、最愛の女性を苦しませたという後悔にも襲われる。ある寒い夜、女房たちとの思い出語りで、女三宮降嫁の頃は紫の上は特に思い悩んでいた様子であったが、仕える女房たちにはそれを悟らせまいと振舞っていたことを聞く。光源氏自身、女三宮のもとに泊まり、紫の上の寝所に戻ってきた夜明けに、おっとりと優しく迎える紫の上の袖口が涙で濡れていたことを思い出すのだった。あのときと同じ冷え込む暁に、女房の「外はたいそう雪が積もっております」という声を聞き「うき世には雪消えなむと……」と歌を詠む。
『源氏物語』の熱心な読者だった一条帝が「御法」「幻」を読めなかったのは残念である。愛した人に先立たれる悲しみを経験した人間にとっては、このあたりは特に胸に迫る巻だ。
道理を飛び越えて敦成親王を東宮に立てたのは、より強い力を持とうとしたのはなぜかと問うまひろに、
道長「お前との約束を果たすためだ」「そのことはお前にだけは伝わっておると思っておる」
その言葉に嘘はないのだろう。しかし実際は敦成親王が生まれたあの日から、道長は権力に憑りつかれた。しかし自らの権勢欲のために動いている、世を動かしているとは思っていない。すべてまひろとの約束を果たすためだと信じ込んでいる。だから嘘ではないのだ。
じっと道長を見つめるまひろに「私と交わした約束のためなのですね」と喜んでいる様子はない。10話(記事はこちら)で右大臣の息子であることをやめる、ともに都を出ようと自分を抱きしめる道長に、こんな理不尽ばかりが起こる世を変えてほしい、それができるのはあなたしかいないと必死で説いた。あの夜の契が、今このように作用しているということを目の当たりにして絶句するのだった。
清少納言の怒り
藤壺で、中宮様を少しでもお慰めしようというのであろう、秋の歌会が開かれている。女房たちが裳を着けていない(勤務スタイルではない)ことで、あくまでも私的なリラックスした集まりという形を取っている。
赤染衛門(凰稀かなめ)
たれにかは告げにやるべき紅葉葉を思ふばかりに見る人もがな
(いったい誰に告げましょう。ここに美しく染まった紅葉があるのだと……心ゆくまでともに眺める人がいればよいのにと思うのです)
藤式部(まひろ)
なにばかり心づくしにながむれど見しに暮れぬる秋の月影
(これといって心を傾けていたわけではないのに、眺めている内に秋の月が涙で曇ってしまいました)
和泉式部(泉里香)
憂きことも恋しきことも秋の夜の月には見える心地こそすれ
(悲しみも恋心も、秋の夜の月には浮かんでくる気がするのです)
藤壺の身内だけでも、この三人が揃うとなんとも華やかなことだ。
そこへ、清少納言(ファーストサマーウイカ)が敦康親王(片岡千之助)からの贈り物を中宮に献上するためにやってきた。鈍色の喪の装束を身に着けた彼女は、藤壺の女房たちが色とりどりの着衣であることに一瞬驚き、動きが止まる。この場面での彼女の怒りの着火点はまずここだったのだと思う。
かの『枕草子』の作者に会えて喜ぶ彰子に、現在仕えている脩子内親王(ながこないしんのう/海津雪乃)ではなく亡き皇后・定子(高畑充希)の女房だと名乗り、
「敦康親王様のことは、もう過ぎたことにおなりなのでございますね」
「このようにお楽しそうにお過ごしのこととは思いもよらぬことでございました」
攻撃的なもの言いではあるが、この寛弘8年(1011年)7月の藤原実資(秋山竜次)の日記『小右記』には、天皇崩御と一周忌の服喪期間についてその間は侍臣は節会・行幸・神事を除き、鈍色を着用する決まりが朱雀院崩御時を例にとり記されている。そうした服忌令だけでなく6月の一条帝の崩御から間もない秋に「お楽しそうにお過ごし」であるのを見て、清少納言は批難しているのだ。彼女は彰子が帝を思い、涙に暮れていたことを知らない。『源氏物語』によって『枕草子』を、皇后・定子様の面影を一条帝の心から消し去っておきながら、亡き帝と皇后、ひいてはおふたりの皇子である敦康親王を蔑ろにしていると怒っている。
タイミングが悪かった……ここは頼通の言うように「今日は内々の会だから」と清少納言に日を改めさせるべきだった。凍りついた空気の中で、赤染衛門が口を開く。
赤染衛門「私たちは歌の披露をしておりましたの。あなたも優れた歌詠み。一首お読みいただけませんか」
清少納言「ここは私が歌を詠みたくなるような場ではございませぬ!」
6話(記事はこちら)に登場した清少納言の父・清原元輔(大森博史)は歌人として名高かった。『枕草子』で清少納言は、
中宮様(定子)に「平凡な歌を詠んでしまったら亡き父が気の毒でございます」と申し上げた。中宮様はお笑いになって「ならば好きにするがよい。私は詠めとは申さぬ」と仰ったので、とても気持ちが楽になった。
と書いている。『中宮様』の前で歌を求めるのは、清少納言──ききょうの大切な思い出に踏み込む、怒りの火に油を注ぐ言葉だった。去り際に、まひろに投げかける憤怒と軽蔑の視線がつらい。
局で、いらだちのままに勢いよく墨をするまひろ……「清少納言は得意げな顔をした、ひどい方になってしまった」
『紫式部日記』のいわゆる「三才女批評」は、和泉式部と赤染衛門のひととなりと歌の詠みぶりについて語ったのち、苛烈な清少納言批判となる。清少納言こそ、したり顔にいみじう侍りける人──。
しかしまひろは日記に書いた後は気持ちが落ち着いたのか、静かに夜空を見上げる。月が雲に隠れる……友達だと思っていた人が、本当にあの人なのかと思うようなことを言って帰っていってしまった。
紫式部
めぐり逢ひて見しやそれともわかぬまに雲がくれにし夜半の月かな
(せっかく会えたというのに、確かにあなただとわかる間もなく帰ってしまったのですね。まるで雲に隠れる月のように)
この歌の別解釈のような演出だった。紫式部と清少納言が才能を認め合った友人だという筋立てのこの作品で、仲違いが決定的になってしまうのはとても辛い。
ちなみに史実では清少納言の娘・小馬命婦が中宮・彰子に女房として仕えており、ドラマのように敵意を燃やしていたかはわからない。藤壺の秋の歌会場面は完全にフィクションである。
清少納言は定子に心からの忠誠を捧げていた、その点は史実もドラマも同じだ。
御簾を越える敦康親王
清少納言の怒りを受けてのことだろう。彰子が敦康親王に「いつでも遊びにきてください」と文を出し、親王が訪ねてきた。これまでのように御簾を上げてください。お顔が見えませぬと求める親王だが、彰子は答えない。
敦康親王は御簾を越えて、彰子のすぐ傍まで入ってしまう。
平安時代の高貴な女性は男性に顔を見せない。この作品ではドラマ上の演出として、第1話から貴婦人でも顔見せが普通だったので、この場面の衝撃が伝わりにくい。突然どうしたとは思うが、中宮の御在所の室礼は黒で統一され、御簾の縁が黒、房飾りも黒の喪の色だ。歌の会で女房と弟達の前でも中宮は御簾を上げなかったので、どちらかというとこの場面は敦康親王が喪中の礼に反して御簾の中に踏み込んだ、ということだろうか。
「ただお顔が見たかっただけでございます」と笑顔で言う親王に、驚きつつも微笑んだ彰子だったが、行成(渡辺大知)から報告を受けた道長は許さなかった。
行成「左大臣様は敦康親王様から何もかも奪いすぎでございます」
道長「お前は私に説教するのか」
ああ。もうかつての三郎、道長はいない。官位の上下はあっても、友人たちとは気の置けない会話をしていた頃の道長ではない。そんな道長に対しても「左大臣様がおかしくおわします」と毅然として反論する行成、えらいよ。ありがとう、君はずっと変わらないね。
ひとりで戦うのではなく
賢子と乙丸(矢部太郎)が辻を歩いていると、そこに現れたのは平為賢(たいらのためかた/神尾佑)! 馬をゆっくり歩ませているだけでもその勇猛さが伝わる。手に手に武器を携えた武者たちの中にいるのは、双寿丸。
「これから盗賊を捕まえにゆくんだ」
ああ、平氏による盗賊討伐は大河ドラマ『平清盛』(2012)第1話を思い出す。
新しい時代の到来が、すぐそばまで迫っているのを感じさせる場面だ。
「ひとりで戦うのではなく、みんなで戦うことを学ぶんだ」
双寿丸の語る武者たちの戦い方を、まひろはそのまま彰子に伝えた。大きな力を持つ者、道長に対抗するには道長の子らが力を合わせればよいのだと。漢籍を学び、一条帝の傍で君主としての心得を学んだ后・彰子なら政をよりよいものにできるはずだと、まひろは信じる。
そして、枇杷殿に移った彰子に代わって藤壺に入った三条帝の女御・姸子は敦明親王(阿佐辰美)に猛アプローチする。
「 す き ♡ 」
じゃないのよ。この親王、仮にもあなたの義理の息子にあたるのよ。そりゃ、同じく三条帝の女御で敦明親王の母・娍子も「そこまでっ!!!」と大喝するよ。素晴らしい声だったよ。息子じゃなくて姸子を制したのだ。それにも負けず「邪魔なさらないで」とは強いなあ。こちらもある意味、新しい時代到来の象徴のようだ。
娍子の弟・通任(古舘佑太郎)を参議にする代わりに、道長と明子の息子・顕信を蔵人頭に昇進させるという三条帝の交換条件を道長は断る。政治的駆け引きに乗らない道長だったが、それは明子にも顕信にも伝わらなかった。絶望した顕信の出家、明子の憤り。
三条帝の手腕にふりまわされる左大臣家、一体どうなる。
次週予告。
ノリノリの三条帝、次回もフリーダム姸子。道長倒れる! 弟が倒れて「喜んではおらぬ」と叫ぶ道綱、視聴者はわかってるから大丈夫です。変顔実資、そのお膝にいる子はもしかして!? 道長「お前は俺より先に死んではならん」ここで「雲隠」……その川辺は、ずっとふたりが戻りたかった場所!
42話も楽しみですね。
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NHK大河ドラマ『光る君へ』
公式ホームページ
脚本:大石静
制作統括:内田ゆき、松園武大
演出:中島由貴、佐々木善春、中泉慧、黛りんたろう
出演:吉高由里子、柄本佑、黒木華、見上愛、塩野瑛久、岸谷五朗 他
プロデューサー:大越大士
音楽:冬野ユミ
語り:伊東敏恵アナウンサー
*このレビューは、ドラマの設定(掲載時点の最新話まで)をもとに記述しています。
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