選ぶ基準は「長く使えるか」、料理研究家の大庭英子さんが使い続ける働き者の調理道具たち。
撮影・徳永 彩(KiKi inc.) 文・黒澤 彩
“何十年も使ってきた道具は、今も主力です。”
毎日の料理はこれで充分。働き者の調理道具たち。
大庭さんが、手入れをしながら長く使い続けている調理道具のレギュラーメンバー。
1人分の日々の食事をさっと作るのに欠かせないという、使い勝手のよさはどんなところ?
プラスチックより瓶派。あえて大きめサイズを。
フレンチドレッシングを常備するボトルは、〈iwaki〉のものを何度か買い直している。「漂白剤で洗える瓶がいいですね。ドレッシングを振り混ぜるから、容量多めのサイズです」(大庭さん)
ご飯をおいしく! 冷凍保存前にも活用。
「鍋で炊いたご飯をおひつに移しておくと、水分がほどよく飛んで、ふんわりとおいしくなります。冷凍するときもいったん、おひつで冷まします」。1〜2人暮らしにちょうどいい3合サイズ。
基本はこれ1本でOK。 刃渡り長めのペティ。
築地〈有次〉のペティナイフは、やや長めの刃渡り18cm。よく砥ぐので刃がなくなってしまい、年に2度ほど新調している。「魚をおろすのもこれで。幅のある牛刀や三徳よりも扱いやすいです」
万能なフライパンがあれば重い深鍋は不要。
小さめの鍋3点。蓋付きの深めフライパンは煮物、揚げ物にも重宝する万能選手で、ほぼ毎日使う。「鉄のパエリヤ鍋は調理してそのままテーブルに出せるのが便利。〈土楽〉の土鍋は鍋もの専用です」
サラダだけじゃない、野菜の水切りに大活躍。
「ありそうでない小ぶりなサイズ感。高さのあるこの形だと、意外とかさばりません」。サラダの葉野菜はもちろん、もやしやブロッコリーといった加熱調理する野菜の水気をとるのにも活躍する。
フィルターに秘密あり。 揚げ物好きの必需品。
よく揚げ物をする大庭さんの台所には欠かせない道具。フィルターが二重になっっていてしっかり濾せるのと、油を入れやすい口の形状がポイント。「すでに販売終了しているので、大事に使います」
作り手が少ない木の道具は大切に使う。
お米は、職人が減っていて貴重になりつつある木製の米びつで保存。冷蔵庫に入らないので、一度に買うお米は多くても2kgまで。「ふだんは計量カップで、合で量りたいときには升も使います」
30年以上、切れ味が変わらない頼もしさ。
なんと30年以上も前に買った年代もののスライサー。真ん中の刃の部分を付け替えるカセット式で、これ一つで様々な切り方、おろし方が。「太めの千切りなどに便利。ボウルに直接のせて使っています」
使うほどに愛着が増す。大庭さんと道具との付き合い方。
料理研究家、大庭英子さんの仕事場を兼ねたキッチンは、さっぱりと整っていて無駄がない。たくさんあるはずの鍋類や調理器具はどこに?
「いいえ、道具はそんなにたくさん持っていないんです。一人暮らしっていうのもありますけど、いつかは捨てることを考えると、もう物を増やしたくないなという気持ちになります。器も、大きなものが好きだけど、最近はあまり買わないようにしています」
上で紹介したように、毎日の料理に使っているのは小鍋、ペティナイフなど、小さめで扱いやすく、大袈裟ではないシンプルな道具ばかり。もっと言えば、キッチンそのものの機能も最低限。ガスコンロは2口で充分に事足りるし、食洗機はなく、造り付けの食器乾燥機だけはありがたく活用している。
「一度にたくさん作ることがないですからね。作り置きはあまりしなくて、その日の分だけ、さっと作って食べています。夏なんて特にそう」
細部のつくりやサイズ感。ちょっとした個性が決め手に。
ずばり、道具を選ぶ基準は「長く使えるかどうか」。これは若い頃から一貫している。実際に20年、30年と使い続けていて、今は販売終了しているものも少なくない。
それだけシビアな目を持つ大庭さんでも、選んだものが全部当たりというわけではなかったそうで……。
「たまには失敗もあるんですよ。いいかなと思って買ってみても、いざ使うと、ああ、ダメだってすぐわかる。そんなときは、持っていても仕方ないので手放すようにしています」
おそらく道具と使い手とのあいだにも相性があり、合わないものは合わないけれど、幸福な出合いも。大庭さんが道具を気に入るのには、きっぱりとした理由がある。たとえば、揚げ物が大好きだからしょっちゅう使うという油濾し。口が大きく、ロートのような形状になっているのが、油を移すのに絶妙にいい具合なのだそう。また、「これでサバもおろせますよ」と手に持って見せてくれた包丁も、ペティナイフならどれでもいいわけではなく、刃が通常より2cmほど長いのがポイントだと使ううちに気がついた。
ちょっとした差異が決め手になる。売れているからとか、高級だからとかではない、自分にピタリとはまる道具探しの道は、なかなかに奥深い。
なるべく道具や器を増やさないようにしているという大庭さんが、その方針に反してなるべく買うようにしてきたものがある。かご、ざる、おひつなどの木の道具だ。
「作っている人がどんどん減っていますから、そのうち、ほしいと思っても買えなくなってしまうでしょう。私が好きで使っているかごなどは、作家が手がける工芸品ではなく、名もなき作り手による生活道具、民具です。そういう、なんでもないものほど手に入りにくくなっていて、残念です」
木の道具は手入れが大変そうなイメージがあるが、そんなことはないですよ、と大庭さん。
「湿気に弱いので、カビにさえ気をつけていれば、特別な手入れは必要ありません。棚の中にしまい込まず、出しておいて毎日使うのがいちばん。私はおひつをカウンターに出しっぱなしにしていますし、かごやざるは壁に掛けたり、棚の上に重ねて置いています。軽いから、上から落ちてきても危なくないんですよね」
無理せず心地よく暮らすためにやること、やらないこと。
なんでもないようですごくいいものは、家のそこかしこに。
キッチンとダイニングを緩やかに仕切っているカウンターは、40年以上前に新宿の百貨店で買ったもので、どこのブランドともわからない。キャスターが付いていて可動式、天板を引き出してエクスパンションできたり、さりげなく横にフックが付いていたりと、細やかな工夫がたくさん施されているのが、いかにも職人気質の仕事らしくて好もしい。
「当時、そんなに高価ではなかったはずだけど、なにしろ40年前だから記憶が曖昧です。でも、これ、いいでしょう? 私が長く使っているものの筆頭かもしれませんね」
キッチン戸棚の中には、乾物や香辛料が揃いの瓶に入って並べられている。この瓶もごく普通のものだけど、数をたくさん揃えられること、蓋だけ買い足せることなどが選んだ理由。
「透明の瓶に入れておくと中身の減り具合がひと目でわかります。いろいろな瓶があるのがどうにも嫌で、同じ瓶で揃えたらすっきりしました」
シンプルなものや手仕事の道具が好き。家事にストイックなように見える大庭さんだが、ラクをすることだって否定はしない。
「道具は生活を助けてくれるもの。何が億劫かは、人によって違うのではないでしょうか。たとえば、私はエプロンに糊をつけてアイロンがけします。大変でしょうとよく驚かれるのですが、私自身はそれほど大変だと感じていないからやっているわけで。でも、床掃除はルンバに頼っているし、換気扇や浴室の大掃除などはプロに外注することもありますよ」
快適に暮らすための取捨選択。大庭さんのように、自分が「すっきりする」感覚を研ぎ澄ませていきたい。
『クロワッサン』1125号より
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