「没後300年記念 英一蝶−風流才子、浮き世を写す−」サントリー美術館【青野尚子のアート散歩】
文・青野尚子
市井の人々に注いだ温かい視線。
扇子を手に楽しそうに踊る舞い手。体を丸めて眠り込む猫。300年以上も前に描かれたものだけれど、今も「その気持ちはわかる」と思えてしまう。この絵を描いたのは江戸時代の絵師、英一蝶(はなぶさいっちょう)。その彼の没後300年を記念した展覧会が開かれている。
英一蝶は江戸狩野派に学び、高い技術を身につけた。彼は格式の高い障壁画などを手がけた狩野派の枠を飛び出し、市井の人々を生き生きと描いた風俗画で一躍人気となる。
しかし40代のとき、一蝶は三宅島へ島流しとなってしまう。島流しは原則として無期限だったが、一蝶は将軍が代替わりしたことによる恩赦で奇跡的に江戸に戻ってきた。
三宅島でも一蝶は江戸の知人からの注文に応えて風俗画を描き、近隣の島民のために神仏画や吉祥画を描いている。「島一蝶」と呼ばれるこれらの作品には江戸から送られてきた紙や絵の具を大切に使った、丁寧なものが多い。
江戸に戻った一蝶は真摯な信仰を現すような仏画、狩野派の画法に倣った花鳥画や風景画などを多く手がけるようになる。本人は風俗画からは離れたいと考えていたが、注文は途切れなかったようで、都市や農村に生きる人々を描いた大作も残る。
松尾芭蕉に学び、俳諧もたしなんだ一蝶は「まぎらはす 浮き世の業の色どりも 有りとや月の薄墨の空」との辞世の句を詠んで世を去った。名も無い人々の営みに向けた彼の温かい目が感じられる。
「没後300年記念 英一蝶−風流才子、浮き世を写す−」
開催中~11月10日(日)
⚫︎サントリー美術館
(東京都港区赤坂9・7・4 東京ミッドタウン ガレリア3階)
TEL.03・3479・8600
10時〜18時(金曜および11月9日は〜20時)
火曜休(11月5日は開館)
入館料一般1,700円ほか
『クロワッサン』1125号より