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東京で作家活動、愛媛で農作業。2拠点生活を快適にするための3カ条。

生活する場所は1カ所とは限らない。
東京と愛媛で2拠点生活を実現した作家の高橋久美子さんにそのきっかけや楽しさ、また新しい発見や注意点も教えてもらった。

文・小沢緑子

自分の中に風を起こしてくれる「農業」がきっかけに。

●愛媛
「畑チームのメンバーはそれぞれ自分の畑として畝を持ち、作ってみたい作物を作っています。できた作物をお互いに分け合うのも楽しい」

●東京
高橋さんの夫も、2拠点生活を応援。「東京に戻ると、互いに1カ月にあったことを『わー、すごいなあ』なんて言いながら話すのが楽しいです」

40歳を目前にした一昨年から1カ月ずつ交代で、東京で作家活動、故郷の愛媛で仲間と農作業をする2拠点生活をスタートさせた高橋久美子さん。

「実家は祖父母の代からみかんを中心に栽培する農家。子どもの頃から、姉妹みんなで畑仕事を手伝っていて、もともと農作業が好きなんですよ」

【愛媛】サトウキビ畑。「専用の大きなハサミで根元から刈り取り、葉を落として製糖します」
【愛媛】サトウキビ畑。「専用の大きなハサミで根元から刈り取り、葉を落として製糖します」

20代で上京。ロックバンド・チャットモンチーのドラマーとして音楽活動をしていた頃も、「みかんの収穫期は実家へ。東京に住むようになると、農作業ができることが貴重で代えがたい体験だと感じていました」。

バンドを脱退し作家活動に専念し始めた30代では、ドラムを叩いたり体を動かして感じる刺激がなくなったせいか無性に土いじりをしたくなり、東京の自宅で家庭菜園を始めたという。

【愛媛】「製糖は、サトウキビを圧搾機で搾り、釜で煮詰めて固めていきます、すべて手作業」
【愛媛】「製糖は、サトウキビを圧搾機で搾り、釜で煮詰めて固めていきます、すべて手作業」

「その頃、お菓子作家の千葉奈津絵さんと『新春みかんの会』というイベントを毎年東京で始めたことも、農業に気持ちが向かうきっかけに。実家のみかんを使って千葉さんにお菓子を作ってもらい、みかんと一緒に食べながら食や農業を考える内容で、以来3カ月に1回2週間程度、農作業を手伝うため愛媛に帰るようになりました」

【愛媛】「高橋家の竹林です。仲間と10年ものの大きな竹を切り分割し、竹細工も作ります」
【愛媛】「高橋家の竹林です。仲間と10年ものの大きな竹を切り分割し、竹細工も作ります」

そのうち地元に戻るたびに耕作放棄地が増えていることに気づき、少しでもどうにかなればと自分でも畑を借りてぶどうを育て始めたが、「収穫目前に、猿に食べられてしまい全滅。みんなが畑をやめていくのも納得できました。ただ放置していると野生動物の住処になることもあるので、それから妹や母に手伝ってもらいつつ、愛媛に2カ月に1回2週間帰って畑の世話をし、また東京に戻る生活に」。

【愛媛】畑でお昼。「チームのみんなはほかに職業をもち、休日に畑へ。それがちょうどいいよう」
【愛媛】畑でお昼。「チームのみんなはほかに職業をもち、休日に畑へ。それがちょうどいいよう」

もっと腰を据えないと農業はできない、という気持ちの決定打になったのは、実家の農地を太陽光パネル業者に売る話がもちあがったこと。それを聞き、「田畑のまま残したい。自分が農業をしよう」と一念発起。

「土に触れてみたいという20代の若者が仲間に加わってくれて畑チームを組むことに。昔は愛媛でも栽培されていたサトウキビを育てて、黒糖にすることを目標に立てました」

【愛媛】実家のみかん。「無農薬栽培なので『野性味があって何て濃厚な味!』と驚かれますね」
【愛媛】実家のみかん。「無農薬栽培なので『野性味があって何て濃厚な味!』と驚かれますね」

ただその頃からコロナ禍が始まり、愛媛に帰れなくなる事態に。その間、せっかく植えたサトウキビを猿に食べられてしまう衝撃的な出来事が起こる。

「このときはチームみんなの心が折れかけましたが、その畑では猿が食べない野菜を育て、残ったサトウキビは別の場所の畑で再挑戦することに」

【愛媛】「里芋も無農薬無化学肥料栽培。昨年豊作で、大きな芋ができて感動しました」
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翌年’21年、コロナ禍が落ち着いてきた時期に、1カ月ごとに東京と愛媛を行き来する2拠点生活を始めた。

「昨年末から今年の1月にかけてサトウキビの収穫と製糖が実現し、3年がかりで黒糖作りが叶いました」

【東京】「東京に戻る飛行機からぎらぎら輝く夜景が見えると『よーし、書こう』と思えます」
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一筋縄ではいかない自然が相手。だからこそ、育つとうれしい。

高橋さんにとって農業とは?

「畑は、自然が相手なので大雨が降れば一日で作物がダメになるし、猿や猪に荒らされたりと一筋縄ではいきませんが、だからこそ実ったときの喜びは何にも代えがたいです。自分たちで作った腐葉土を入れたり、手をかけてあげればあげるほど、応えてくれるのはうれしい。自分で作った野菜は買うよりも何倍もおいしいですね。それに農作業をした後に畦道に座って仲間とお弁当を食べる時間も最高。今の私に農業は必要で、自分の中に“風を起こしてくれるもの”だと思っています」

【東京】著書の校正をする高橋さん。「家が仕事場。今の家は築40年の一軒家で落ち着きます」
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2拠点生活で大切だと思うことは?

「東京の家から愛媛の実家まで片道8時間半かかるので行き来するのに体力は必要なのですが、無理しすぎないことも大切かな。人間関係も大事。私の場合、愛媛では行きつけのカフェがあって、同じ価値観で話ができる人と会えるのが気分転換に。その土地土地で当たり前は違うので、何かリラックスできる場やコミュニティを見つけておくと、互いに助け合えると思います」

【東京】初夏には東京のご近所さんにいただいた梅で、梅シロップや梅干し作りの「梅仕事」。
【東京】初夏には東京のご近所さんにいただいた梅で、梅シロップや梅干し作りの「梅仕事」。

愛媛は「畑に夢中になって体を動かして働く場」で、東京は「鍬を鉛筆に持ち替えて執筆活動をする書斎」のようなものという高橋さん。

「東京は多様性を受け入れてくれる街ですし頑張って生きている人がたくさんいて刺激を受けるので、今の自分にとって東京も愛媛も両方必要。“2拠点定住”がベストだと思っています」

【東京】ベランダで育てているぶどう。「愛媛の畑からもってきたもの。立派な実をつけました」
【東京】ベランダで育てているぶどう。「愛媛の畑からもってきたもの。立派な実をつけました」

2拠点生活を快適にするための3カ条

体力は必要。新天地に腰を据えるつもりでも無理しすぎないこと。

人間関係が心地よさを変える。カフェでもお店でも自分がリラックスできる場(コミュニティ)を見つけよう。

その土地土地での当たり前は違う。新しいことに目を向けるチャンスととらえよう。

高橋さんの2拠点生活実現までの流れ

【2013年】

●1月
実家で栽培している無農薬みかんをお菓子にしてもらい、イベント「新春みかんの会」を始める。
この頃から3カ月に1回2週間程度、実家の農作業を手伝うために帰っていた。

【2016〜19年】

耕作放棄地を借りてぶどうを育て始めるが、猿との闘いが始まる

【2019年】

●11月
実家を含め周辺の農地に太陽光パネル設置の話がもちあがり、「田畑のまま残したい。自分で農業をしよう」と決心。

【2020年】

●2月
20代の仲間と黒糖作りを目標にサトウキビを育て始める。その後、コロナ禍で愛媛に帰れず、サトウキビが猿に食べられ壊滅。
もっと腰を据えて畑の世話をしなくては、と2拠点生活を考え始める。

【2021年】

●11月
1カ月交代で、東京と愛媛の2拠点生活がスタート。

【2022年】

●12月~今年1月
サトウキビの収穫と製糖を行い、黒糖を作る目標が3年がかりで叶う。

  • 高橋久美子

    高橋久美子 さん (たかはし・くみこ)

    作家、詩人、作詞家

    音楽活動を経て、文筆家として活躍。詩、小説、エッセイ、絵本の執筆のほか、歌手への歌詞提供も多数。近著に『暮らしっく』(扶桑社)がある。

『クロワッサン』1090号より

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