くらし

日本と香港、気鋭の蒸留家が語る、クラフト蒸留酒の魅力。

日本と香港、気鋭の蒸留家が初対面。
今注目を集める蒸留酒の魅力と可能性を、互いのジンを味わいながら熱く語ります。
  • 撮影・兼下昌典 文・藤森陽子

今や名だたるホテルや星付きレストランでも扱われ、注目を集めるクラフト蒸留酒。
国内外に熱心なファンを持つ蒸留所「mitosaya」の代表・江口宏志さんを、香港のクラフトジンブームの火付け役である「パフューム ツリーズ ジン」の創業者、ジョセフ・チュンさんが訪ねました。蒸留家同士のトークが弾みます。

(左)「 材料を選ばず自由に表現でき、ストーリーをのせられるのが魅力です。」(ジョセフさん)/(右)「果物や植物のおいしさを凝縮した蒸留酒という液体に魅了されました。」(江口さん)

ジョセフ・チュンさん(以下、ジョセフ) 今日はやっと江口さんにお会いできてうれしいです。「mitosaya」は薬草園だった場所を蒸留所にしていると知って、なんて素敵なアイデアだろうと思っていたんです。自然が豊かで、こんなに気持ちのいい温室もあって、素晴らしい環境ですね。

江口宏志さん(以下、江口) 2年前に初めてオンラインミーティングで話してから、ようやく来ていただけました(笑)。ここはかつて1987年にオープンした公営の薬草園で、蒸留所を始める際に様々な果樹やハーブを植えたのですが、以前からある薬用植物や樹木を合わせると500種類ほどになります。金木犀の古い木々がたくさんあるので、秋になると花を摘んでお酒にするんですよ。

右・熊本県江口農園産ネーブルのオー・ド・ヴィー。左・北海道産有機ゴボウのスピリッツ。

ジョセフ 今日はちょうど金木犀が満開で、いい香りが漂っていますね。

江口 でしょう。そもそも蒸留酒は、果物やハーブといったボタニカル(自然の原料)を、醸造やアルコールへの浸漬(しんせき)(液体に浸すこと)という工程のあとに、蒸留したもの。
その主原料にハーブのジュニパーベリーを使用するのがジンですね。土地ごとに採れる植物や果物を使うことで、地域性が出て、風土特有の味わいが楽しめるのが面白いところだと思います。ここ数年、僕のような小規模生産で、個性的なお酒を造る蒸留所が増えているんです。

温室で実をつけていたグアバ。なんと「mitosaya」の看板犬・ムギちゃんの大好物だそう。

ジョセフ 日本は今、クラフト蒸留酒がとても盛り上がっていますよね。香港から見ていても刺激になります。
「パフューム ツリーズ ジン」も、香港の情景を香りで表現するのがテーマ。昔から馴染みのあるボタニカルを使い、香港の日常を想起させるような香りを作っています。
私たちがジンに使っている「白蘭花(はくらんか)」は、街のいたるところに咲いていて、昔は花売りのおばあさんがこの花を売り歩いていたんですよ。ほかにはお線香の原料にもなるサンダルウッドや、希少な中国緑茶の獅峰龍井茶、漢方薬の当帰、そして漢方薬の一種で、広東料理にも使われる陳皮などを使っています。

園内をいい香りで満たしていた満開の金木犀も、「mitosaya」の定番オー・ド・ヴィーの大切な原料に。

全国の生産者のボタニカルで造る日本らしいオー・ド・ヴィー。

江口 漢方の素材を使うところが面白いですよね。僕は「自然を丸ごと活用して、エッセンスとして凝縮していく」という蒸留の技術に魅了されたんです。
先ほどの説明の続きになりますが、蒸留には大きく分けると2種類あって、まず原料をアルコールに浸して香りを引き出し、蒸留するタイプ。もう一つは、原料そのものを発酵させてお酒を造り、それをさらに蒸留したもの。
僕が主に造っている「オー・ド・ヴィー」(一般的にブランデーを指す)は後者のタイプです。
「mitosaya」を創業した時から日本のボタニカルを使った日本らしいオー・ド・ヴィーを造りたかったので、敷地内で育てたハーブや全国の農家さんから届く果物を使って、小ロット、多品種のオー・ド・ヴィーを造っています。ウイスキーなどに比べて熟成期間が短いので、実験的にいろんな素材でトライできるのも魅力の一つかもしれませんね。香港では、クラフト蒸留酒はどんなふうに受け入れられているのですか?

敷地内にはクロモジやニッケイなどの樹木のほか、柑橘類も多数植えられ、どれも原料として活躍。写真は橙(だいだい)。

ジョセフ 僕たちは2018年に香港市場で初めてクラフトジンを発表したのですが、うれしいことに評判がとてもよかったんです。ここ数年は僕らの商品はもちろん、ジンを扱うバーが増えているので、香港もこれからもっと盛り上がると思います。これまでにシンガポールや台湾、イギリスで、もうすぐカナダとオーストラリアでも販売をスタートします。香港は700万人ほどの小さなマーケットなので、もっと海外にも広げていきたいです。

江口 実は僕、蒸留で大事なのは、自然のものが“一番いい形”になることだと思うんです。(味わいの)設計図も、できることならないほうがいい。「mitosaya」の敷地内で収穫した素材も、農家さんから届いた梨やブドウ、イチジクといった果物も、なるべく新鮮な状態で発酵・蒸留を行います。いい原料さえあれば、あとは最良の発酵と蒸留、熟成をしてあげる。蒸留はその答え合わせですね。

ドイツ製の連続式蒸留機を設置した蒸留室。1回で150Lほど造れる。アーチを描く入り口は前施設のデザインをそのまま受け継いだ。

ジョセフ 同感です! 蒸留は魔法ではないので、悪い材料からよいものは造れない。だから妥協なく、ベストな素材を集めるようにしています。「白蘭樹下(はくらんじゅげ)」というジンに使う白蘭花は咲いた直後が一番香りが強いので、農家さんにお願いして朝の4時半から6時の間に摘んでもらっているんですよ。最高の方法で風味を抽出することが、蒸留家としての責任だと思います。

江口 そして、ジンは蒸留酒の中でもとくに自由度が高いお酒ですよね。

ジョセフ はい。原料の選択肢が広いですし、ボタニカルの香りや個性をはっきり出せるので、ウイスキーなどよりもストーリーをのせやすい。僕たちにとってジンづくりは、いわば絵を描くような感覚なんです。ベースとなるアルコールはキャンバスで、ボタニカルは絵の具、蒸留機はブラシ。

蒸留施設では様々な〝醸し〟にトライする。写真は近所の農家で採れたブドウを仕込んだ3日目の様子。

江口 面白い表現ですね。お酒は嗜好品なので明確な答えがあるわけじゃない。自分がおいしいと思うものを造り、それに共鳴する人が1000人いれば何とか成り立つ世界なので、いろいろな考え方があっていいと思うんです。

ジョセフ なるほど。今日改めてお話しすると、僕が「mitosaya」に惹かれたのは、薬草園という環境もそうですが、江口さんがドイツの著名醸造家クリストフ・ケラー氏の下で学ばれたこと、そしてパッケージデザインなどのセンスの素晴らしさです。それに、はじめてメールした時から江口さんは親切でフレンドリーで。尊敬するディスティラー(蒸留家)です。

過去に造ったスピリッツを思い思いの瓶にストックし、香りのサンプルに。新作のヒントになることも。

江口 うれしいなぁ(笑)。ラベルやパッケージは毎年一人のアーティストと協働でデザインしているんですよ。
僕はいろいろな垣根を越えて繋がりが生まれることも、クラフト蒸留酒の魅力だと思うんです。
たとえば今まで、クラフトチョコレートのブランドとコラボしてカカオニブを使った蒸留酒を造ったり、昆虫食の研究チームと蚕沙(蚕のフン)の蒸留酒を造ったりしているのですが、こうした新しいストーリーが生まれることにも可能性を感じます。

セラー(貯蔵室)にて。ウイスキー樽で熟成中の、オレンジの皮を使ったスピリッツをテイスティング。一口飲むとオレンジの香りがパッと花開いた。

ジョセフ 確かにそうですね。

江口 蒸留酒はアルコールを取り出す工程で凝縮され、量がギュッと減るのですが、フルーツが余って困っている農家さんと繋がれば、コンパクトで香りのいい、保存もきくお酒にできる。
また、蒸留後に残ったもろみでウスターソースを作ったり、蒸留の最初に出るヘッド(高濃度アルコール)にハーブを漬けて、サニタイザー(消毒液)にしたりしています。
思えば原料をいろいろな方法で使い切ることも、サステナブルへの意識が高まる今の時代と繋がっているのかもしれませんね。

右・蒸留の最初に出るアルコールにハーブを漬けたサニタイザー180ml 1,980円。左・イチジクのキャラメルジャム140g 1,080円。

繋がること、発信することで新たなカルチャーが生まれていく。

ジョセフ 「パフューム ツリーズ ジン」の特徴の一つは、カクテルにすることを計算した上でジンの味わいをデザインしていること。共同創業者でバーテンダーのキットは、茶餐廳(チャーチャンテン)(香港の庶民的なレストランのこと)でおなじみのコーヒーと紅茶を混ぜた鴛鴦茶(ユンヨンチャー)をカクテルにしたり、ローカルフードを使った革新的なレシピを開発しています。飲み方を見据えた、“バーテンダーが造っているジンのブランド”という点も、僕らの強みかもしれません。

対談中、「mitosaya」のオー・ド・ヴィーを楽しげにテイスティングするジョセフさん。「どれも本当においしい! 勉強になります」

江口 そこが「mitosaya」と異なる点かもしれませんね。僕のお酒は、創業以来「食後にゆったり寛ぐ時間とともに飲んでほしい」と言ってきたのですが、「この料理に合わせるとよりおいしいよ」とか、「こういうカクテルにすると映えますよ」とか、今後は飲み方についての提案をもっとしていきたいですね。
たとえばジントニックというカクテルが開発されて、お店で自然に注文されるようになるまでには長い歳月を必要としてきたわけで、大げさに言うとそれは“カルチャーを作る”ということ。時間はかかるけど、すごく楽しい過程ですよね。

ジンのカクテルを楽しめる試飲室。看板商品のジン「白蘭樹下」は数々のアワードを受賞。

ジョセフ ええ。香港では10年ほど前にカクテルブームが到来してから、現在も世界のトレンドを追っている印象で、まだ自分たちから世界に発信するまでには至っていない気がします。
そういえば先日、ミシュランを獲得している香港の広東料理店で「パフューム ツリーズ ジン」のお酒を使ったフードペアリングを行ったのですが、とても好評だったんです。こんなふうに、僕たちの手で文化を発信していきたいです。

香港郊外にある古民家を改装した、風情あるラボ&プライベートバー。

江口 それは頼もしい。今後はどんな蒸留酒を造ってみたいですか?

ジョセフ イギリスに「オールド・トム・ジン」という砂糖を加えた甘口のジンがあるのですが、これを発酵による天然の甘みで造れないかなと。スイートワイン的なジンです。素材でいえば、日本をはじめ東洋ではお米が食文化の根幹なので、素晴らしい品種のお米を使ったジンも造ってみたいです。

江口 ジョセフさんのような海外の人たちが日本の素材に注目してくれたら、僕たちとはまた全然違うアウトプットができるんだろうなぁ。今日はジョセフさんと話していて、無性にどこかに行きたくなりました。やっぱり新たなものを作るためには外を見ないと。ああ、旅に出たい!(笑)

ジョセフ じゃあ、まずは香港に遊びに来てください!

「白蘭樹下」に使う、最も香りの強い早朝に摘み取られた有機の白蘭花。

原料を活かしていかに使い切るかを考えることが、今とても楽しいです。(江口さん)

伝統的なボタニカルを通して香港の文化を発信していきたい。(ジョセフさん)

●mitosaya薬草園蒸留所

約30年営業した薬草園を借り受け、2017年に創業。16,000平方メートルの敷地内で栽培する植物や全国から届くフルーツで、年間100種類以上の蒸留酒や加工品を製造。

千葉県夷隅郡大多喜町大多喜486
TEL.0470・64・6041
商品の販売やテイスティングなどを行うオープンデーの日程や詳細はHPやSNSで確認を。https://mitosaya.com

●丹丘(たんきゅう)蒸留所 (パフューム ツリーズ ジン)

2018年に誕生した香港発のクラフトジンブランド。漢方素材を使い、香港の情緒を表現したジンが話題を呼び、香港のバー文化の牽引役に。

301,The Mills,45 Pak Tin Par Street,Tsuen Wan,Hong Kong
TEL.852・9835・5061 営業時間:18時~23時 無休
http://perfumetreesgin.hk/jp

江口宏志

江口宏志 さん (えぐち・ひろし)

  「mitosaya薬草園蒸留所」蒸留家

ブックショップ「ユトレヒト」の代表を経て、2016年に「mitosaya」を設立。著書に『ぼくは蒸留家になることにした』など。

ジョセフ・チュン

ジョセフ・チュン さん

「パフューム ツリーズ ジン」共同創業者

2018年、看護師を経てバーテンダーのキット・チュン氏と「パフューム ツリーズ ジン」を香港で創業。漢方素材を用いたジンが世界的に注目される。

『クロワッサン』1081号より

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