山田 私は実店舗を持てたらいいなと思いつつも、本心は、できる範囲のドーナツを、元気で楽しく、わくわくした気持ちを忘れないで作り続けてお届けしたい。食べ物は作る人の体調や気持ちが乗ってしまうものだから、たくさん作れなくても、広がらなくても、自分が健やかでいることが一番だと思っています。
私は犬を飼っているのですが、夜の配達が終わって疲れていたとしても、必ず散歩に行くようにしているんです。そうすると犬もうれしそうだし、私も帰宅するとすごく満ち足りた気持ちになる。犬が私に教えてくれる幸福感というのがあるんです。
山中 大切なパートナーですね。
山田 ドーナツを始めたのも、外で勤務を始めると、犬が一匹でお留守番をすることになってしまうから。彼らの一生は短いので、限られた時間を預かっている身としては、彼を幸せにする責任もあります。
そうしたら自分に何ができるだろうと考えて、自宅を工房にしてドーナツを作ったら、一緒にいる時間も長くなり、犬もさみしくないんじゃないかと思ったんです。私の勝手な思い込みですけどね(笑)。
今も生活の中心は犬で、起きたらまずドーナツを作り始めたいけれど、散歩から始めます。そのルーティンを崩さない程度の仕事ができれば充分。あまり広げすぎないように、自分の健康と犬の幸せ、無理をしないでできることをやっていこうというのが目標です。もし縁があって、揚げたてのドーナツをすぐ提供できる場所が見つかったら、なおうれしいという感じでしょうか。
山中 すごく素敵ですね。
山田 やさしい人が作ったごはんはしょっぱすぎたり塩気が足りなかったりしても、安心感があっておいしく感じられる。私のドーナツも手作りででこぼこしていますが、人の手を感じるものを作りたいなと思います。
山中 特にお菓子って、食べなくても生きていけるというか、必ずなくてもいいけれど、心の栄養になるものですよね。コロナ禍でより実感しました。
山田 心の栄養は本当に大切です。日々の中、何か満たされない欲求があって、窮屈な思いをしている時に自分だけの特別なおやつとしてわざわざ買いにきてくださる方が多かったんですね。ご自宅でケーキを食べるという機会を、外食ができないからこそ増やしていて。思いのほか、おうち時間を楽しまれている。やる意味はあると思いました。これからも自分だけの大切な時間を満たす手助けができたならうれしいなと思います。