「ガマンしない、決めないのがいい。自由を求めて施設の暮らしを選びました。」(ノンフィクション作家・久田恵さん)
撮影・千葉諭(久田恵さん)、宮濱祐美子 イラスト・松元まり子 文・殿井悠子
【地域コミュニティの一員として暮らす。参加型のあたらしいサービス付き高齢者向け住宅。】
食堂は交流の場。 地元産の食材をスタッフが一から調理する。
「毎週土曜日は居酒屋になります。この地域は一軒一軒が遠いから、人に焦がれて、地域の人もみんな遊びに来るんです」
食堂で開催される飲み会をきっかけに、地域の人と友達になることも。基本的には自炊をする人が多いというが、つくるのが億劫なときでも栄養バランスのとれた食事があるので安心だ。
「見学のあとに飲み会に参加した人は、大抵『那須いいね!』と言って入居したり、移住してきたりしています」
入居者が住まいづくりに参加、いまも〝成長〟し続けている。
ゆいま〜る那須は、雑木林だったところから、入居予定者が窓の造りや空間まで一緒に考えてつくられた。「サ高住」とは、建物のバリアフリー仕様や生活相談、安否確認などのサービスを提供することが都道府県の基準で義務づけられている賃貸住宅。
基本的に60歳以上であれば入居できる。ゆいま〜る那須では樹木葬(じゅもくそう)による共同墓もあり、シングルの人もお墓管理の心配無用。ハウス長は30歳と若手だそうだ。
「入居者は平均年齢70歳、家制度と近代家族の狭間にいる団塊世代です。私は父に、介護するのは人の道だと言われてきました。家族のために、家事もして子育てもして、介護もして。クタクタになって入ってくる人もたくさんいます。でも入居すると、みんな元気になる。『もう好きに生きていいんだ』って。だからここは、究極の自己中心を生きる権利をようやく得た人たちの集まりなんです」
共有スペースを自由に使って自主運営のサークル活動もさかん。
「ゆいま〜るを拠点にして、大学のサークルみたいな活動を、勝手につくって勝手にやっています」
と久田さん。パドル体操や麻雀クラブ、ときには図書室でビデオ鑑賞会も開催されるとか。
音楽室は、久田さんが主宰する人形劇の練習場所だ。
「東京では家を劇場化して突飛なことをやっていたのですが、同じ活動を那須でもできないかと思って。トラックに人形劇の機材を大量に積んで、東京から持ってきちゃったんです。終活とか断捨離とか、私には無理ね。今は、芥川龍之介原作の桃太郎を練習中です」
納得のいく場所がなかったら自分たちでつくる。 リタイア組でつながる那須の町。
那須は戦後、職業軍人や満州から引き上げてきて職を失った人たちが国に土地を与えられて、荒地から開拓された町。改革者たちの寄せ集めが築いてきた、物語のある土地だという。
「そういう文化で育った地域の人ともリタイア組同士で繋がっていけたら面白いと思って、2020年に『原っぱプロジェクト宣言』なるものを打ち出しました」
参加者は、地域の人やゆいま〜るの入居者、それ以外の人も。
「那須には牧草地はいっぱいあるのですが、全部誰かが所有する土地なんです。お散歩がてら行ける場所に、自分たちの原っぱみたいなパブリックな場所があったら便利でしょ。ほら、散歩って認知症にならない一番の予防っていうし。メンバーになった人とは一斉メールでつながって、色々企画しては遊んでいるんです」
雑草が茂る2000平方メートルもの敷地だが、賃料は年間なんと1万円。
「草刈りをしたり、ペンキ塗りをしたり。人生のステージを変えると初めてのことが多くて、ただただ楽しい。70歳を過ぎて、こんなにもワイルドに生きる力を身につけていく自分を気に入ってます」
仲間たちと、「自給自足介護のススメ(仮)」プロジェクトも準備中だという。
「色々なトラブルもあるけれど、最終結論、ここは天国です!」
●ゆいま〜る那須
総戸数71戸。居室は1Rから2LDKまで、23タイプの間取りがある。料金は、家賃に加えて月々の共益費・サポート費が4万円弱。地方創生の「生涯活躍のまち」モデルとしても注目されている。運営は(株)コミュニティネット。
栃木県那須郡那須町大字豊原乙627-115
問合せ 0287-77-7223
『クロワッサン特別編集 介護の「困った」が消える本。』(2021年9月30日発売) ※情報は雑誌掲載時のものです。
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