その輝きは、愛あればこそ。タカラヅカという奇跡の空間【中井美穂×はるな檸檬対談】。
イラストレーション・はるな檸檬 文・大澤千穂
宝塚ファンに愛され続ける番組『宝塚カフェブレイク』司会者・中井美穂さんとエッセイ漫画の名手・はるな檸檬さん。宝塚を愛する2人による、深く熱い宝塚談議の幕が上がります!
はるな檸檬さん(以下、はるな) コロナ禍で休演もありましたが、先日久しぶりに観劇したとき、全体の熱量がぐっと増していて驚きました!
中井美穂さん(以下、中井) “カフェブレイク”でも演者さんに休演時のお話を聞くと、舞台化粧を練習した方、過去の映像を繰り返し観た方、腹筋を頑張った方(笑)……いろいろな方がいました。でも不安の中でできることをやった人の努力は確実に舞台で花開くはず。そのときは何を観たんですか?
はるな 宙組の『アナスタシア』です。トップスターの真風涼帆(まかぜすずほ)さんがさらに進化していて……。あの佇まいは休演を越え「舞台に立つ意味」をあらためて考えた後の人のものだと感動しました。宝塚にとってコロナは大打撃だったけど「焼け野原に花が咲く」ってことは本当にあるんだなと。あらためて、中井さんが最初に宝塚にハマったきっかけは何だったんですか?
中井 1995年、当時月組だった天海祐希(あまみゆうき)さん主演の『ハードボイルド・エッグ』東京公演でした。それまで私は宝塚ってベルばらのような演目をロングラン公演している劇団かと思っていたんです。でもこれは現代劇で、天海さんがかっこよくて二重に驚いて。檸檬ちゃんはどうですか?
はるな 私はおささんこと元花組トップスター、春野寿美礼(はるのすみれ)さんの『黒蜥蜴(くろとかげ)』です。師匠で漫画家の東村(ひがしむら)アキコさんがDVDを仕事場に持ってきて、みんなでキャッキャと観ていたんですけど、終盤おささんが歌い上げるシーンで号泣! その2週間後にはムラ(※1)に行き、部屋には歌劇とグラフ(※2)が増え……。
※1(ムラ)
兵庫県宝塚市にある宝塚大劇場と隣接する小劇場バウホールを中心とした本拠地の愛称。大劇場へと続く歩道「花のみち」には飲食店や土産物店などが連なり、ロマンの香りを漂わせる。
※2(歌劇とグラフ)
歌劇団機関誌。1918年創刊の『歌劇』は読み物中心で生徒による公演裏話や楽屋日記が好評。1936年創刊の『宝塚GRAPH』はカラーのポートレイト満載。いずれもファン必携の2誌。
中井 すごい急展開!(笑)
はるな おささんが退団目前だったので。あれは2007年の年の暮れ。
中井 そう、初めて好きになったスターさんが退団予定の人となると……。
はるな 一気に燃え上がりますから! なんか最初に観たスターさんって特別な存在ですよね。その後の舞台を観る上での一つの基準でもあり、どこか“親”のようでもあり。
中井 確かに最初に観た人が基準になりますね。私の場合は自然体な天海さんの反動か、以降は宝塚らしくて、ダンス上手な方を好きになる傾向が。
はるな 私は全方位的に応援していますが、おささんの退団後「誰を見てもおささんを思い出す」的な時期はありました。娘役も好きで、お芝居にのめり込むタイプの方に惹かれます。
中井 娘役といえば男役とのコンビ芸も! ’10年月組の『ジプシー男爵』の冒頭、トップスター霧矢大夢(きりやひろむ)さんと蒼乃夕妃(あおのゆき)さんが踊り続ける場面は最高でした!! コンビとして胸に刻まれる名場面は各組、各時代にあります。
「宝塚とはこうあるべき」が 関わる全員の心にある。
はるな いままでの作品で特に印象深いものを1本挙げるなら何ですか?
中井 1本!? 難しいな〜。演出家の上田久美子先生の作品はどれも好きですが、本公演(※3)なら花組の『金色(こんじき)の砂漠』(’16〜’17年)かな、耽美好きとしては(笑)。
はるな 上田先生は耽美系から月組の『BADDY(バッディ)』(’18年)のような弾けたショーまで幅広いですね! 私は最近『アナスタシア』をよく観てます! 仕事中のBGMとしてかけたり。
中井 あと羽山紀代美(※4)先生振り付けの名場面を集めたリサイタル『ゴールデン・ステップス』。こちらです!(サッ)
はるな さすが、DVD持参!
中井 燕尾(※5)満載! 私はショーの終盤、燕尾を着た男役の群舞からフィナーレにゆく流れが好きなので。燕尾の場面といえば大階段(おおかいだん)(※6)から降りてきたとき、トップスターが「……フッ!」って声を上げると一斉に拍手が巻き起こるのすごいですよね。宝塚ならでは。
はるな あの一声は熟練の技!
中井 拝みたくなっちゃう。「『フッ!』いただきましたっ!」って。それがトップスターの退団公演だと組子(くみこ)(※7)との絆が表れる演出も盛り込まれていて、そこに勝手に思いをのせて泣く!! スターさん自身も最後の最後まで芸を高めて卒業していく姿が尊いですよね。
※3(本公演)
5組が交代で行う約1カ月間の定期公演。原則宝塚大劇場→東京宝塚劇場の順番で公演されるため、熱心なファンはご贔屓をいち早く観るため関東在住でもまずは大劇場まで足を運ぶ。
※4(羽山紀代美)
元生徒であり現在は振付家。1975年振付家デビューし、特にショー終盤の燕尾服を着た男役による群舞に定評がある。構築的なフォーメーションと端正な振り付けは宝塚の様式美の極み。
※5(燕尾)
燕尾服の略。黒燕尾、白燕尾、色や装飾を施した「変わり燕尾」などパターンは無限。なかでも黒燕尾は男役の正装といわれ、年月を経て磨かれる着こなしにその人柄と美学が投影される。
※6(大階段)
高さ4m超の階段型装置。トップコンビのダンスや燕尾服での群舞、フィナーレなど宝塚の重要シーンには欠かせない存在。段の幅は23cmと狭いが、足元を見ずに降りるのが鉄則。
※7(組子)
花月雪星宙、各組を構成するメンバーのこと。トップスターも組子の一人である。ちなみに組子のまとめ役として各組に組長と副組長が存在し、組長には通常最上級生が任命される。
はるな 宝塚には必ず「退団」という終わりがある、それがいいですよね。だからいま楽しまなきゃって思う。
中井 そう、初舞台を踏んだその日から退団まで、配役や組替えをドキドキしながら見守る! それも醍醐味。そこには華やかさだけでなく過酷さ、残酷さ……私たちの日常にもある感情が入っているのも魅力だと思うな。
はるな “運”とか“華”とか、努力ではどうにもならないこともあったり。華って!? どうしたら手に入るの?
中井 残酷ですよね。でもがんばっていれば誰かが必ず見てるから。
はるな そのとおりです! 私、群舞の最後列や端々まで観るのが大好きなんです。80人いたら80とおりの見どころがある。それも宝塚の特徴です。それだけ楽しみの幅が広いからこそ、息の長いファンが多いのかも。
中井 たとえ距離を置く時期があっても、戻れば変わらぬ世界がそこにありますし。演者さんは変わっても劇場の空気は変わらずホッとします。
はるな それは「宝塚とはこうあるべき」という何かを、演者さんだけでなくスタッフさんやファンまでもが共有しているからこそ生まれる安心感。
中井 豪華な装置、巨大な羽根飾り、麗しい男役と娘役。いわば夢の惑星「宝塚星」を宝塚に関わる全員が頭上に共有している感じ?
はるな そう、その認識は宝塚ならではのものですよね。そしてその空間には「清く正しく美しく」の一言が掲げられていて……。
中井 確かにその言葉の存在感は、はかりしれないものがある!
はるな その合言葉のもとにみんなが集まり、「宝塚とは」という概念を分かち合っているんですよね。だから演者さんも個人間で実力を競うこととは別に「みんなで夢の世界を守ろう」と、力を合わせているし。
中井 観る側も劇場に入ったら「宝塚ファンとしてこうありたい!」という振る舞いを心がけますしね。
小さな里で5組が切磋琢磨する、 奇跡の宝塚ワールド。
中井 その“宝塚星”の象徴でもあるトップ・オブ・トップの専科(※8)スター、轟悠(とどろきゆう)さんのご卒業はやっぱり寂しい……。
はるな 永遠にいてくださるものと思ってました……勝手に(涙)。
中井 107年の歴史で生涯現役を通したのは春日野八千代(かすがのやちよ)(※9)さんただ一人。
はるな ヨッちゃん! 最晩年しか存じ上げないのに自然とヨッちゃんと呼んでしまいます。それと同じく真帆志ぶき(まほしぶき)(※10)さんも、スータンと呼んでしまう♡ 昭和のレジェンドもかつて観ていたような気持ちで応援させてもらえる懐の深さ、なんなんでしょうね?
中井 それは歴代のスターが次世代に託した思いが脈々とつながっているから。反対にいまのスターさんにも昭和の方々の残り香が感じられるし。それが歴史を紡ぐということなのかも。
はるな おっしゃるとおり!
中井 そういう独自の文化を守ってこられたのは、東京でも大阪でもなく宝塚という山間に本拠地を置き、場所を変えずにこられたことも大きいはず。ムラが拠りどころであり、心のふるさと。その里で107年経ったいまも個性の違う5組が切磋琢磨しているという奇跡。あの場所が守られている限り“宝塚星”は永遠である気がします。
はるな 小林一三(こばやしいちぞう)(※11)先生の大発明! 本当にすごいシステムだし、それが今日まで続いているのもすごいです。
※8(専科)
組長経験者などのベテランが揃う、プロフェッショナル集団。それぞれが各組公演に特別出演し、コクのある熟練の演技で舞台を支える。近年はスターの配属も多く存在感は増すばかり。
※9(春日野八千代)
1929年入団、宝塚史を代表する男役スター。『源氏物語』の光源氏役などで見せた端正な美貌で「白薔薇の貴公子」と称され、96歳で世を去るまで生涯現役を貫いた。愛称ヨッちゃん。
※10(真帆志ぶき)
1952年入団。元雪組トップスター。抜群の歌唱力を持つ稀代のエンターテイナー。その斬新な男役像は現代宝塚の原点とも。代表作『ノバ・ボサ・ノバ』は再演多数の名作。愛称スータン。
※11(小林一三)
阪急阪神東宝グループ(現)および宝塚歌劇団の創設者。宝塚大劇場、東京宝塚劇場のロビーにはそれぞれ小林一三の胸像があり、観劇のたび一礼を欠かさぬファンも多い。雅号、逸翁(いつおう)。
ジェンダー観が変化するいま、 求められる新時代の男役像とは。
はるな 一方で今後は時代に合わせて変化する部分もありそうです。ジェンダーに対する感覚も変わっていますよね。男役が突然キスする……とか以前なら当たり前に観ていた場面にも「相手の女性に断りなく?」と戸惑う人もいるかもしれません。
中井 そもそもお芝居は時代の空気を反映して進化していくもの。若手の座付き演出家の先生方に期待ですね。
はるな 思いもかけないような新時代の男役像! そういうのも観てみたいです。美しい伝統は保ちつつ、ゆるやかに変化し続けていけたら。それでも根本は逸翁が作った、観る人全員を楽しませる大衆演劇であってほしい。
中井 ほんと! どんなに時代が変わろうと、そこは変わらずに。
はるな そして「興味はあるけどまだ観たことなくて」という方も男女問わず、飛び込んでほしい!
中井 入り方がわからなくて、という人はまず「観たい」と周りの人に言ってみてください。すると熱心な人って意外と周りにいるもの。そういう人に「見方を教えてもらえませんか」ってお願いしてみるとか……。宝塚ファンは教えてという言葉に弱いので(笑)。
はるな 教えて「同志を増やしたい」っていう願いがありますから(笑)。
中井 最近はライブ配信も増えて観やすくなっているし、チャンスかも。
はるな 私は子育てで家にいることが多いので配信観てます! でも久々に劇場に行ってあらためて思ったのは「生は情報量がすごい」ということ。
中井 心情とか表情とか伝わってくるものが膨大ですよね。一回生で観て、配信でもう一回観るのが最高かな。
はるな 確かに。劇場で舞台の隅々まで観て配信で復習もいいかも。ぜひ一度は体験していただきたいです!
『クロワッサン』1054号より
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