小野田豆腐店の豆腐が美味しい理由を、白央篤司さんがルポ。
撮影・黒川ひろみ、小林キユウ、白央篤司(料理) 文・白央篤司
シグニチャー・ブランド、「四代目 絹」ができるまで。
「ひねくれ者なんですよ、僕は」と、滋さんが笑った。どうにも人がやらないことを、人があまりしたがらないことをやりたくなる性格なのだそうな。
「ずっとそうなんです」と笑いつつ、手を動かし続ける。「面倒でもなんでも、おいしくなるならいいかな、って」という言葉の潔さ。この思いにたどり着くまでには、いろいろな試行錯誤もあったことだろう。
豆腐屋の息子として生まれたが、初めから豆腐道に邁進したわけではなかった。小さい頃から料理が好きで、板前を志した時期もあった。その後いろいろあって家業を手伝うようになり、だんだんと豆腐作りの面白さを知っていく。決定打は、とある店の豆腐との出合いだった。
「なんだこりゃって思うほどにおいしくて。これからの時代でも残っていける豆腐はこういうものだと、強く思いましたね」
運よくその造り手と知り合うことができ、製造見学もさせてもらえた。そこで学んだこと、造り手の考えや姿勢が今も滋さんの中にあるという。
滋さんの豆腐には、消泡剤は使われていない。それも、先の造り手にならっている。
大豆に含まれるサポニンという成分は泡立つ性質があり、大豆を煮る過程でどうしても大量の泡が発生する。泡立ったままだと食感のよい豆腐はできず、また日持ちも悪くなるのだそう。だから消泡剤を用いて泡を消去するメーカーが多い。
「ただ、使わなくてもやれるんです。だったら、やろうと。消泡剤不使用ということを喜んでくれるお客さんもいますから」と滋さん。大変ではあるが、「手間のかかるやり方でここまで来ちゃったからね」とまた笑う。
「豆腐屋として生き残るポイントって、手間を惜しまずやるしか、自分にはないかなって」とポツリ言われたのが、妙に響いた。シンプルな真実に、あなたは豆腐を作ることで近づいてきたのですね。
滋さんが豆腐作りに関わるようになってから約20年、自分の代になって10年、現在の作り方に定まって7年になると教えてくれた。「おいしいものを作ろう。それだけなんです、考えてることは」。そのためにはどうしたらいいか、模索やトライは今なお続いている。
どんなふうに料理しても負けない力強い味わい。
よい豆腐はそのまま食べるのが一番……とも思うが、いろんな風味と香りを受け止め、吸収するのもまた豆腐のよさである。小野田さんの豆腐でいろいろと遊んでみたくなった。
まず酸味のしっかりしたプラムと香りの強いバジルで、サラダ的に和えてみる。豆腐のまろやかさが果実の酸とハーブを包み込んで、なかなか面白い前菜になった。香ばしい厚揚げはひと口大に切り、塩気のしっかりしたアンチョビをのせ、よく熟したトマトと一緒にいただく。うん、これはビールにいいし、白ワインにも合うおつまみだぞ。簡単にオリーブオイルで全体をまとめたが、ごく細かく刻んだ玉ネギやセロリを添えたら、なおいいだろうな。どんな強い味を合わせても「負けませんから」とほほ笑んだ富美恵さんの顔がよみがえる。うん、本当に負けませんね!
そしてもう1品。『四代目 絹』を大ぶりに切って、味の強い汁を吸わせてみたくなった。ちょうど青森・田子町(たっこまち)のニンニクがある。これを木べらで軽く砕いて、鶏がらスープと一緒にじっくりと塩煮にしよう。ゴーヤも加え、夏らしいスタミナスープに仕立ててみた。さて味見をすれば……これが上々、自画自賛したくなる出来に。鶏のうま味、ニンニクの滋養感、そしてふくよかな大豆のやさしさが一体となって、夏負けした体を慰めてくれるかのよう。ああそうだ、滋さんのトロッとした濃い豆乳を加えたら、なおおいしくなるに違いない。あの豆乳はきっと冷製スープのベースにしてもおいしいはず。ふかしたジャガイモを豆乳でのばして、ヴィシソワーズ的にしてみようかな……などと、小野田豆腐店のプロダクツに料理欲がいろいろと刺激されてならない。今度は保冷バッグだけでなく、豆乳を入れるためのスープジャーも一緒に持っていこう。
面倒で手間のかかることを続ける。 美味い豆腐作りはそれだけだよ、そう言って四代目は笑う。
1.大豆を浸潤させる。
2.少量の水を加えて挽き、「呉」にする。
3.圧力を加えて、時々混ぜながら炊き上げる。
4.絞る。
5.にがりを打って冷まし、水に放つ。
6.完成。
家に帰って作ってみました。
『クロワッサン』1052号より