【歌人・木下龍也の短歌組手】添い遂げるつもりがないから見ないふり。
〈読者の短歌〉
超たのしい 抱かれる前に コンビニで メイク落としを買う あの瞬間
(ななぽっぷ/女性/テーマ「コンビニ」)
〈木下さんのコメント〉
あらかじめ鞄に入れておくことはできるが、備えておいたことがばれると恥ずかしいから結局持って行かずにお泊まりが確定してからコンビニで買うものランキング上位に入るでしょうね「メイク落とし」は。
〈読者の短歌〉
盗まれた傘はそいつのことをまだ僕と思って開かれている
(砂崎柊/男性/自由詠)
〈木下さんのコメント〉
人間がビニール傘の見分けがつかなくなるように、ビニール傘も人間の見分けがつかなくなるのかもしれない。
〈読者の短歌〉
I love… youと続けるには月の薄明かりすら邪魔だったんだ
(百乱陽姉朱/男性/テーマ「恋人」)
〈木下さんのコメント〉
「…」を無音の1音として読めば31音ですね。リズムが取りにくい場合は「ん」とか「ふ」とかで読んでみてもいいと思います。僕は真っ暗でも「I love you」なんてたぶん言えないなあ。というか愛してるって言ったことないかもしれない。
〈読者の短歌〉
殴りたい人が多くてぬばたまのぬばぬばのとこばっか噛んでる
(池田輔/男性/自由詠)
〈木下さんのコメント〉
「ぬばたまの」は黒、夜、髪などにかかる枕詞ですが、この短歌ではおそらく「殴りたい」という黒い感情とつながっています。また「ぬばたま」をただの文字や音として捉え直すことによって「ぬばたまのぬばぬば」というおもしろい表現を生みつつも「ぬばたま」そのものはヒオウギという植物の黒い実ですので噛むという行為も現実離れしていません。「ぬばたま」で遊び尽くしてうまく着地した一首だと思います。