鉄道について、ゆっくり話そう。【土屋礼央さん×蜂谷あす美さん 対談】
撮影・青木和義 スタイリング・伊藤省吾(sitor/土屋さん) 文・黒田 創 写真・アフロ 撮影協力・東武博物館(展示物の公開は状況によって変更する場合があります)
蜂谷 私は東京メトロ日比谷線で移動する際に、東武の新車70090型に乗れるとうれしいです。やっぱり新車が来るとワクワクします。
土屋 この手の話になると一般のみなさんは引きますよね(笑)。が、これは、クルマ好きが車種の好みを語るのと一緒ですから。電車だって「プリウス」みたいな呼称をつけてあげれば、もっとひろく受け入れられると思う。
蜂谷 確かにそうですよね。鉄道って、本来、親しみやすい存在ですからね。
土屋 その親しんだ車両が、古くなると地方の鉄道に譲られたりする。これもキュンとくるポイントです。特に東急や京王の旧車が遠方で余生を送るケースが多いのですが、それらに再会すると、「お前はここで頑張っていたのか!」と込み上げてくるものがある。
蜂谷 (笑)。鉄道は擬人化しやすい。
土屋 擬人化といえばJR王子駅近くに飛鳥山下跨線人道橋(あすかやましたこせんじんどうきょう)という好きなスポットがあって、ここは京浜東北線、湘南新宿ライン、上野東京ラインが行き交うのを臨場感たっぷりに眺められる。面白いのはここに集まる北方向の電車が今度はみんな大宮に向かって突き進んでいくこと。その光景はさながらアベンジャーズのごとしです(笑)。
すべての道は大宮に!? 王子駅に集結する勇姿たちよ。
鉄道は本来親しみやすい存在。だからこそ愛情も湧いてくる。
土屋 こうして話していると、僕らは鉄道そのものはもちろん、鉄道旅にまつわる時間が好きなんだと思います。
蜂谷 特にローカル線に乗っている時の、普段自分とは交わらない人たちの間にお邪魔して移動するあの感覚。孤独だし、夜、列車の窓に自分の姿が映ると「なぜ私はいまここにいるんだろう」って思うけど、その世間から突き放された感じが好きなのかも……。
土屋 日本はどんな駅も定刻どおりに列車が来るのが基本だけど、それって実はすごいこと。特に秘境駅で一人何時間も待っていると、自分のためだけに列車が来る、あの感動が味わえます。
蜂谷 わかります! 心細いあの感覚すらも楽しめる、というのは鉄道好きならでは、なのだと思います。
土屋 旅行が決まると何日も前から時刻表片手に旅程を組みますが、その時点から旅は始まっている。その時間を楽しむために、旅行先の地域の鉄道の歴史なんかを調べたりもしますよね。
蜂谷 ちなみに、今日は「東武博物館」にお邪魔していますが……。
土屋 はい。東武は伊勢崎線系統と東上線系統に分かれていて、同じ会社なのに交わらない。調べると両者はもともと別会社で、諸々の経緯を経て統一後に接続させる計画がかつてあったのですが、頓挫してしまう。現在、西新井駅からひと駅だけの大師線という路線があって、それは昔の計画の名残なんだそうです。終点の大師前駅に降り立つと、本当はこの先に線路を延ばすはずだったのだ!とグッときます。
東京近郊で非日常感を味わいたければJR鶴見線へ。
鉄道旅は受動的だけど自由度も高い。クルマにはない〝旅〟の時間がある。(蜂谷さん)
土屋礼央(つちや・れお)さん●「RAG FAIR」リードボーカル。1976年生まれ。2001年「RAG FAIR」でメジャーデビュー。TBSラジオ『赤江珠緒たまむすび』木曜日パートナーを担当。
蜂谷あす美(はちや・あすみ)さん●旅の文筆家。1988年生まれ。慶應義塾大学鉄道研究会代表を務め、出版社勤務を経て文筆家に。昨年『女性のための鉄道旅行入門』(天夢人)を上梓。
『クロワッサン』1029号より