共に過ごすこと十年の秘書が語る、98歳・瀬戸内寂聴さんの生きる指針。
文・保手濱奈美
瀬尾まなほさん自身の3つの決まり。
- 瀬尾まなほさんの人生の指針 1 - 常にありのままの自分でいるよう心がける。
まなほさんにとって、ありのままの自分でいることは、生きる上で、長年持ち続けてきたテーマでもある。
「20代半ばくらいまで、“自分とは何か”とずっと考えていました。人と接している時の自分が本当の自分ではないような気がして、苦しくて、悲しくて。でも、私が魅力的だと感じるのは自分をさらけ出している人。私もそうありたいと、強く思っていたんです」
そんなまなほさんの心をときほぐしてくれたのが、寂聴さんとの出会い。
「瀬戸内は私という存在を認め、とても褒めてくれました。自分が必要とされている。そんな感覚が私に自信をくれて、ありのままの自分でいいんだという気持ちになれたんです。実は、おべんちゃらや思ってもいないようなことが言えない。瀬戸内に対しても、ほかのスタッフが言えないことを言うので、損をすることも。それでもありのままの自分でいようとするのは、好きな人に対して真っ直ぐに向き合いたいから。とはいえ、本人を目の前にすると感情が溢れて素直になれないことも。そんな時は手紙を書くようにしています。文章なら、感謝の言葉など照れくさいことも素直に伝えられるんです」
- 瀬尾まなほさんの人生の指針 2 - “だれか”のためにがんばる。
「子どもの頃から妹の面倒を見るのが好きでした。それは、人に何かしてあげて喜んでもらえるのがうれしい、という気持ちもあったからです。気づけば自分軸ではなく、他人軸で物事を考えるようになっていました。一人でおいしいものを食べるよりも、だれかと分かち合いたい。自分だけなら贅沢なんて必要ないと思ってしまうんです」
そんなまなほさんにとって、寂聴さんの秘書は天職だったという。
「小説家として、そして僧侶として、たくさんの人に求められている瀬戸内を支える仕事は、やはりやりがいがあります。それに瀬戸内は、私という存在を認めてくれて、私の人生を大きく変えてくれた人。自分だけではできないようなことも、瀬戸内のためならがんばれる。瀬戸内が笑ってくれると、私も幸せな気持ちになるんです」
寂聴さんが独り身ということも、まなほさんが献身的になる理由だという。
「本人は一人でいることに慣れているし、一人がいいと言うこともあるんです。でも、ふと寂しくなることもあるんじゃないかなって。そんな時は気兼ねなく一緒にいられる存在でありたい。いつでも頼ってほしいんです」
- 瀬尾まなほさんの人生の指針 3 - 一つでも多くの場所に行き、多くのものを見、たくさんの人に出会うこと。
これはまなほさんの座右の銘。
「私は瀬戸内のそばにいることで、これまで自分では行けないような場所に行き、素晴らしいものを見て、たくさんの人と出会うこともできました。そうしたなかからご縁がつながり、エッセイを書くという思いもよらない可能性が広がったことも。振り返ると、大学生の頃は何の夢もなく、未来にワクワクすることもありませんでした。そんな私の人生が、瀬戸内との出会いによって、大きく変わったのです。そういう経験があるからこそ、人との出会いはとくに大切にしています。私は一度会った人の顔や名前を覚えていられるほうなのですが、とくに印象に残るのは、瀬戸内だけでなく私にも気を配ってくださる方。困ったことがあった時もそういう方が相談に乗ってくれることがよくあります」
そんなまなほさんの座右の銘をやり尽くしているのが寂聴さん。
「瀬戸内は『行きたいところも行ったし、食べたいものも食べたし、いつ死んでもいいと思う』と言いますが、そう言い切れる人はどれくらいいるのでしょう……。でも、せっかくならそんな人生を私も歩んでみたいです」
瀬尾まなほ(Manaho Seo)
せお・まなほ●「寂庵」秘書。’13年から瀬戸内寂聴さんの秘書を務める。本誌でお気に入りの食を紹介する「口福の思い出」を連載中。
2人の日常
『クロワッサン』1027号より
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