17歳の吉永小百合、さぞかし可憐で楚々としているのだろうと思って観ると、小気味いい肘鉄を食らいます。野育ちの弟の頭をスパンスパン叩き、父親にも言いたいことは言う。仲良くしている在日朝鮮人の姉弟のことを悪く言われると、「父ちゃんみたいに何にもわかってないくせに頭から思い込んで変えようとしないの、無知蒙昧っていうのよ」とバッサリ! 家父長制丸出しの父に「いけないことは親でもいけないわ」、生活苦をみじめっぽく訴える母に「あたいうちの犠牲なんかになりたくないもの」。正義感があって気が強く、カラッと明るく、賢くてタフ。思わず「ねーちゃん」と呼び慕いたくなります。
というのも本作、ジュンと同じくらい弟が輝いているから。絵に描いたような悪ガキながら、友達思いで案外いいところもある弟が、荒川の土手をはじめ、原っぱや小川といった広々した景色の中を駆け抜ける姿はとても映画的。ただそれだけでじーんとくるものがあります。貧しさにめげない若さが、かつて日本にあったんだなぁ。社会が老いてしまったいま観ると、まぶしい限りです。
弱い人間だから貧乏になるのか、それとも貧乏だから弱い人間になるのか? ジュンが作文に書いた問いかけは、こどもの貧困や格差と直面する日本で、再びシリアスに響くようになってしまいました。