【歌人・木下龍也の短歌組手】この説明できない短歌の魔力に目を向けて。
〈読者の短歌〉
一匹の白い雑種を飼っていた
汚れたりして愛おしかった
「昔飼っていた雑種の亡くなったときの写真を見ながら作りました。色々ありましたが、結果、かなりシンプルな仕上がりになりました。」
(平井まどか/女性/テーマ「ペット」)
〈木下さんのコメント〉
文字数の制約により「白い雑種」にまつわる思い出の大半は削ぎ落とされることになる。削ぎ落として削ぎ落とした結果「汚れたりして愛おしかった」というシンプルであるがゆえにだれの胸にも届く言葉が残った。この短歌を読むと「白い雑種」の記憶はあなたのものであるのに、最初から僕のものでもあったかのように感じられる。
〈読者の短歌〉
しみとしわのこと今日からぐりとぐらと呼ぶ増えるとかわいくなるね
(ざきはな/男性/テーマ「老い」)
〈木下さんコメント〉
老いに対するささやかなユーモアのひかる短歌ですね。発想がすばらしいと思います。「しみとしわ/のこと今日から/ぐりとぐら/と呼ぶ増えると/かわいくなるね」と区切ればなんとか57577で読むことができますが、例えば、
しみをぐりしわをぐらって名付ければかわいく増えてゆくぐりとぐら(改作例)
とすれば内容はほぼ同じですが、読者に余計なひっかかりを与えずに読んでもらうことができます。
〈読者の短歌〉
ちゃんぽんが麺の名前と知るまでは拾った石に名前があった
(鈴木ジェロニモ/男性/自由詠)
〈木下さんコメント〉
人間は人間のつくりだした社会の正解を知っていくことで(拾った石に名前をつけるような)世界に対するうぶさを失ってゆく。拾った石の名前も「ちゃんぽん」だったのだろうか。言葉とはイメージにアクセスするための記号だ。「ちゃんぽん」という言葉は「麺」のイメージにアクセスするための記号である。これが社会の正解であり、これを知ることで「ちゃんぽん」と「石」の繋がりは絶たれる。それゆえに名前がなくなってしまったのだろうか。
木下龍也
1988年、山口県生まれ。2011年から短歌をつくり始め、様々な場所で発表をする。著書に『つむじ風、ここにあります』『きみを嫌いな奴はクズだよ』がある。
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