運命の男子と衝突する!? │ 山口恵以子「アプリ蟻地獄」
イラストレーション・勝田 文
目覚ましが鳴って目を開けたら、もうこんな時間! 遅刻しそう!
あわてて制服に着替え、トーストをくわえて家から走り出す少女。向こうからは次々人が来る。避けきれないでぶつかると、「痛〜い!」と尻餅をついてゲームアウト。
これだけならただの障害物ゲームアプリだが、さにあらず。
向こうから来る障害物がすごい。ジョギングする人やサッカー選手はともかく、組体操するコンビ、忍者、爆弾、隕石(!?)、お相撲さん、巨大ロボット等々、この世のものとも思われない奇々怪々の人や物が次々と行く手に立ちはだかるのだ。
そして少女が避けきれずにぶつかって「痛〜い!」と尻餅をつく度に、鼻毛のはみ出たキモいオヤジが現われて「これも運命なのですよ」とにやけて言う。「ちが〜う!」と叫ぶ少女。そりゃそうだわな。
あわてて走ってぶつかった異性と運命の出会い……というのは乙女チック少女マンガの定番コースだった。この場合、相手は必ず若くてイケメンである。だから多少ストーリーが甘くても読者は納得した。しかし、このアプリのように相手がキモいオヤジだったなら、よほど心を揺さぶるストーリーを構築しない限り、読者は納得してくれない。
つまり、美男美女でなくても成立する恋愛作品は質が高いと思う。
乙女心が魔法に勝って、野獣やカエルが王子様に変身するおとぎ話がある。このアプリも、ラストでオヤジがイケメンに変身すれば、それでハッピーエンドなのだが……。
山口恵以子(やまぐち・えいこ)●作家。最愛の母と過ごした最期の日々を綴ったエッセイ『いつでも母と』(小学館)。
『クロワッサン』1020号より
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