『トリニティ、トリニティ、トリニティ』著者、小林エリカさんインタビュー。「こぼれ落ちたものを描きたかった」
撮影・黒川ひろみ(本・著者)
舞台はオリンピックが開催される近未来の東京。「私」は高齢の母の健康や10代の娘の将来を心配し、几帳面に暮らす。「努力は報われるべき」と信じるが、思いどおりにいかない。「トリニティサイト」というサイバーセックスサイトで日々の鬱憤を晴らす。
タイトルにも登場する「トリニティ」には3つ組という意味があるが、キリスト教では「父と子と精霊」が三位一体であることを指す。
「初めて原爆実験が行われたトリニティサイトという場所があります。その名の由来の一つとして三位一体の概念を知り、それから女の人のトリニティはどんなものだろう、と考え始めました」
著者の小林エリカさんは、「父と子と精霊」に対して、「母と娘と血」を主軸に三世代の女を描いた。
「血の繋がった母と娘であってもけっきょくは他人。特に母親は自分の産んだ子どもだから相手のことを理解できると幻想を抱きがちです。でも母と娘という関係を超えて一人の人間同士なんですよね」
「私」は娘に「ちゃんと見てほしい」と言われても、「私」はお腹の中にいる時から娘を知っている、と高を括るのだった。
一括りにすることで、見えなくなるものがある。
核や放射能など一貫して「目に見えないもの」を描いてきた小林さん。本作のテーマは「目に見えない存在にされてしまった人々」だ。黒光りする石など、放射線量の高い物質を集めたがる“トリニティ”という病気が高齢者の間に流行。老人であるだけでトリニティという病気を結びつけ、「私」は母のことを疑うように。
「型にはまったところだけを見て、ほかは見ない風潮がありますよね。“老人”という言葉によって高齢者は一括りにされがちですが、本当は一人一人違う存在です。こぼれ落ちて見えなくされてしまった何かがたくさんあると思います」
型にはめて見てしまう、という経験は小林さん自身にもあった。
「放射能で汚染されたところは瓦礫や草木が生い茂って、動物たちが闊歩する場所だと思い込んでいました。でも福島原子力発電所を訪れた時、構内に自分の近所と変わらない普通のコンビニがありました。自分の生活圏と放射能汚染区域はひとつながりなのに、安心したくて線引きをしていました」
オリンピックと放射能を絡めた今作ではトリニティの老女が聖火ランナーのような格好で黒光りする放射性物質を聖火のように持ち、原発の中でテロを起こす。
「聖火リレーの発祥はナチス・ドイツのベルリンオリンピックです。しかもナチス・ドイツは聖火リレーのルートを遡るように侵攻したそう。同じ眩しい炎で、人を殺して侵略していた。オリンピックは華やかだし、放射性物質でも光る石はきれいでしょう。惹かれる気持ちはわかりますが、ただ単に美しいだけのものではないのです」
小林さんの過去作同様、ストーリーは史実を絡めて進む。現実と物語の狭間を味わえる一冊だ。
『クロワッサン』1019号より
広告