『若尾文子映画祭2020』東京・角川シネマ有楽町ほか全国順次開催
文・山内マリコ
黄金期の日本映画界には幾人もの名女優がいるけれど、若尾文子はちょっと特別な存在だ。
アイドルっぽい華のあるチャーミングな顔立ち、少し鼻にかかった独特の声音、着物も洋装もよく似合い、コメディからシリアス、時にはエロティックな悪女まで、どんな役でも地のように演じてしまう。
なにより素晴らしいのは、出演作品の質の高さと数の多さ。女優が添え物扱いの映画も多い中、若尾文子の主演作は、女が観てぐっとくる作品が粒ぞろいなのだ。これは主体的な女が主役を張る“女性映画”に定評のあった、大映の看板女優だからこそだろう。
わたしがあやや(若尾文子様の愛称)にハマったきっかけは、『青空娘』だった。海外の少女小説を思わせる素朴なストーリーながら、イタリア留学経験のある若い監督による演出は切れ味鋭く、スピーディーでドライで、ぐいぐい引き込まれる。湿っぽくて男臭くて重たい作品ばかりと思っていた昭和の日本映画に、まさかこんな鉱脈があったとは!
さらに驚くべきはあややの演技のバリエーションと、女としての成就ぶり。
昭和32年公開の『青空娘』では、まだ子供のような溌剌とした少女を演じていたのに、そのたった5年後には『しとやかな獣』で、悪辣なファム・ファタールに扮しているのだ。
たとえば『銀座っ子物語』のようなキュートなラブコメ路線も、『越前竹人形』のような日本的な悲劇のヒロインも、『女系家族』のようなしたたかな不義の女も、ケロッと自然体で演じ分けてしまう。
名コンビと謳われた増村保造をはじめ、溝口健二に小津安二郎、川島雄三に吉村公三郎など、この時代の名監督を網羅できてしまうほど、あややのフィルモグラフィーは驚異的に充実しているが、どんな役でも自分のものにしてみせる高度な演技力あればこそ、これだけの作品に恵まれたわけだ。
若尾文子は日本映画が最高に輝いていた時代に、真っ白いキャンバスのようにどの役にも染まってみせた、運命の女優なのだ。
自我のある激しい女、一筋縄ではいかない女、誰にも飼い慣らせない女、男を困らせる手強い女。「こんな女を観たかった」と喝采を送りたくなるような最高の女に、きっと出会えるはず!
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山内マリコ
やまうち・まりこ●作家。現在本誌にて「銀幕女優 レトロスペクティブ」を連載中。
若尾文子映画祭2020
東京/角川シネマ有楽町(2月28日~4月2日、41本を上映)ほか、大阪/シネ・ヌーヴォ(4月18日~)、大分/シネマ5、福井/メトロ劇場、石川/シネモンド等で全国順次開催。
『若尾文子入門DVD-BOX1&2』が6月30日まで期間限定発売中。
詳細は、http://cinemakadokawa.jp/ayako-2020/
©KADOKAWA
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