『聖者のかけら』著者、川添 愛さんインタビュー。「人物の心境の変化も丁寧に描きたかった」
撮影・黒川ひろみ(本)岩本慶三(著者)
13世紀半ばのこと、ローマ近郊のとある修道院に届けられた聖遺物が次々と奇蹟を起こす。この謎の聖遺物はいったい誰のものなのか? 真相を究明するべく、若き修道士が調査を命じられる。時を同じくして、アッシジの街では名高い大聖堂に納められた、聖フランチェスコの遺体が消えるという由々しき事件が勃発していた……。
カソリック教会で崇敬の対象とされてきた聖遺物をめぐる壮大な物語は、川添愛さんの実体験から着想を得たものなのだという。
「旅先のウィーンで滞在したホテルの目の前にシュテファン大聖堂があり、宝物庫の一角にいろいろな聖人の骨や歯が展示されていて。米粒くらいの大きさの遺物にまで全て説明が付けられており、そのあまりの執念に当てられて、気分が悪くなってしまったんです」
長崎出身で幼い頃からキリスト教が身近だった川添さんにしてみても、それは圧倒的な経験だった。
「いつかはキリスト教を題材にした小説を」と思い続けた中で、聖遺物というものがとっかかりとなり、初めて物語として結実した。
虚実が混じった魅惑の世界で、壮大な謎に挑む楽しさ。
この物語の大いなる魅力のひとつには、史実とフィクションの絶妙なる調和がある。「聖フランチェスコの遺体が行方不明だった」のは史実であり、物語の鍵となる幾人かも実在の人物。そこに、川添さんが描き出す個性あふれるキャラクターが絡み合い、虚実ないまぜの活き活きとした世界が広がり、一気に引き込まれてしまう。
たとえば、調査を命じられた修道士・ベネディクト。世間から隔絶された場で育った彼は、のっけから不甲斐なさ全開だ。が、このベネディクト、ひたすら純粋で誰もが放っておけない一面を持つ。
「彼が感じていることは、自分がよく考えていること。他人を妬んだり、すぐ人のせいにしたり、自信がなかったり。私の分身です」
世間を知らないベネディクトが閉鎖された修道院から初めて外へ出てさまざまな人々と触れ合い、人間として宗教者として変わっていくさまは、謎解きと同じくらい、心惹き付けられる。ベネディクトのみならず、実は登場人物のそれぞれが、内に問題を抱えており、時代を超えて訴えかけてくる。中でも信仰――キリスト教における“清貧”は大きなテーマのひとつ。
「今も変わりませんが、お金は大事だけれど、持ちすぎてもなさすぎても生きづらい。当時、聖フランチェスコが何も持たないという教えを説き、共感する人もいれば、そこまでできないという人もいて。できない人たちにとって、すべてを捨てられる人たちはどんな存在なのだろうと考えていました」
川添さんが語るように、ここには人間の抱える多くの葛藤が描かれている。信仰にまつわるものはもちろん、親子や社会、ジェンダーといった、今に通じるさまざまな問題だ。そうした内なる葛藤に共感しながら共に謎に向かう、物語の楽しさに浸ってみてほしい。
『クロワッサン』1016号より