『スナック墓場』著者、嶋津 輝さんインタビュー。「一冊が温かな感じに仕上がって、よかった!」
撮影・黒川ひろみ(本)青木和義(著者)
「普通、ということにはこだわりました。普通の人とか生活を描きたいという気持ちが強いので」
そう嶋津輝さんが語るとおり、7編からなる一冊すべて、ごく日常的な場所が舞台となっている。商店街でおなじみの、クリーニング屋、布団屋、米屋。そこでは夫婦や母娘が店を切り盛りし、とある倉庫では女たちがライン作業を黙々とこなす。一方、若くして家事代行サービスで手腕を発揮する姉と、ラブホテルで働く妹もいる。その一編ずつに描き込まれる細やかな生活まわりの描写が、物語に揺るぎないリアリティを添える。
身辺雑記や随筆を読むのが好きだった嶋津さんが、作家になる契機はリーマンショックにあった。「以前より仕事に余裕ができて習い事をしようと思い、カルチャーセンターに通ったのが、小説を書き始めたきっかけ」なのだという。
そうして今回、書かれた時期も着想も異なる短編が一冊にまとまった。表題の短編は、まずはタイトルが決まり、そこから物語がふくらんでいったものだという。
「次に書いているものをおもしろそうだなと思わせたくて、半ばはったりで編集者に言ったタイトルが『スナック墓場』。それで、スナックにまつわる話を書こう、と」
愛すべき個性が集う、スナック従業員の同窓会。
冒頭、昼下がりの競馬場に集う女たちのたわいないおしゃべりから、物語は始まる。つぶれたスナックのママと、元従業員とが競馬場で“同窓会”を開いているのだ。競馬好きのママ、夫と死別した克子、透き通った美声のハラちゃん。スナックは「きれいどころが一人もいない」ことで知られていたが、常に繁盛。なのに、なぜ店を閉めることに? その顛末もとびきりユニークなのだが、3人が思い出を語り合う場所が競馬場、というのも妙味ある設定である。それもそのはず。嶋津さんは専門紙や本を読み込み、競馬場に足しげく通った時期があるのだという。
「当たらないので馬券は買わず、予想をしてレースを見るだけですが、かなりのめり込んでいました。その頃、一緒に競馬場へ行った若い子に私が叫ばせた一言に、おじさんたちがうれしそうに振り返るという出来事があったんです。それがとても温かな雰囲気で、いつかあの場面を書きたいというのがあって。思い浮かんだタイトルと組み合わせてこの話ができました」
さて、そのひと言とは?というのは、読んでのお楽しみ。一斉に微笑みながら思わず振り向くおじさんたちーーそれがじんわりと心に響くシーンとなってラストを飾っているのである。この3人組が放つ独特な魅力は、「あの3人と一緒に働きたいし、なんなら一緒に住んでもいいなと思う」と、作者に言わしめるほど。ほかにも、個性的で愛すべき面々が、全編通して次々と現れてくるのだから、ついついクセになってしまう。そうした“普通のようでいて普通じゃない”登場人物たちを、ぜひ一度じっくりと味わってみてほしい。
『クロワッサン』1013号より
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