くらし

【長塚圭史さんロングインタビュー】唯一の未発表戯曲が本邦初上演。新生阿佐ヶ谷スパイダースと演劇のこれから。

2009年にコクーン歌舞伎番外編として上演された『桜姫〜清玄阿闍梨改始於南米版』。四代目鶴屋南北作の歌舞伎の演目『桜姫東文章』を長塚圭史が現代版に仕立て上げ、串田和美演出、白井晃、中村勘三郎、大竹しのぶ、秋山菜津子といった豪華キャストにより話題を呼んだこの作品の裏には、実は発表されなかった別バージョンが存在したーーー。
それからおよそ10年、戦後のカオスな日本を舞台にしたそのアナザーストーリーが、劇団化した新生阿佐ヶ谷スパイダース2作目の演目としてこの秋、上演されることに。
  • 撮影:中島慶子

「ここではないどこか」を目指して暴走するヒロイン

—公演前ということで台本だけ読んだのですが、実に大変で実に面白い物語でした。

これ、歌舞伎の原作を知ってるとちょっと入りやすいですけど、台本で読むのは大変ですよね。10年前に、シアターコクーンから、鶴屋南北の『桜姫東文章』を現代劇で書いてくれって言われて、僕は戦後を舞台にしたんです。正しいと思われていたことが全部ひっくり返った時代ですよね。嘘が真に真が嘘になったみたいな。だからこそ歌舞伎の荒唐無稽さも、この時代に移すことができるんじゃないかと思ったんです。
原作は、清玄というお坊さんが白菊丸という男の子と一緒に死のうとして死ねなかった。17年後に桜姫という少女にたまたま出会ったら、白菊丸との約束の香箱を持っていた。で生まれ変わりだと思って執拗に追いかけて……という話で。桜姫のほうも権助とかの男と色々あったりして、要は高貴な人間たちが堕ちていく話なんです。しかも清玄は後半になると、殺されても幽霊になっても白菊丸を追いかける。

—気持ち悪いものがありますよね。執念深くて。

そうなんです。その執念深さに僕も非常に魅かれて、白菊丸と死ぬとか死なないとか言っているけど、結局、清玄のこの世に対する執着みたいなものが色濃く感じられたので、それを題材にしました。
一方、桜姫・吉田ってのは、原作ではお姫様だけどこの劇においてはどうやらただのみなしごで、でも自分の本当の人生はこうじゃないと思っている。自分にはもっと数奇でドラマチックな人生が起きるはずだと思ってる吉田が、歌舞伎の時代からしばらく経ってこの桜姫の物語を生きている。執念深い清玄の物語を見つけて、彼女は自分から乗っかっていって、さらにスリリングな人生を生きるためにその物語のヒロインになろうとするんですね。
と同時に、全く関係ない権助という男が……まあ彼は戦争でたぶんいろんな経験をしてきて、人殺しもしたでしょう。その彼が、この物語とぱっとすれ違って、吉田のためにその物語に飲み込まれていく。

——3人目の主人公ですね。

そう。権助は、戦後どうやって生き延びていくか、自分は誰かもわからずに、お前は権助だと言われて権助になっていく。ある意味すさまじい人物。この3人の生きる執念、戦後の時代をどうにか生き抜こう、それぞれの生きようとするエネルギーがぶつかり合うような舞台になればいいなあと思って作っていますね。

—10年前に書かれたものから大幅な改訂をされたそうですが、現在の時代背景を盛り込んだりはしましたか?

それまでの嘘と真が全部ひっくり返った時代だよねっていう、そこにもう少し焦点を当てて、演劇的にクリアに、でもあんまり理屈っぽくなく見えるように直しはしましたけど、基本的には普遍的に描いていると思います。
あともう一つ、演劇ってお客さんの力でどうとでもなるんです。舞台の上で僕はアメリカ人だって言ったら、たぶんみなさんは僕のことをアメリカ人だと思うんですよ。どんな風貌だったとしても、アメリカ人で女性なんですって言えばアメリカ人で女性。それは観客の能力だと思うんですよ、劇場ってそういう場所だから。
吉田という人がこの舞台上で「私は既にあなたに出会ったことがある」と言えばそれは本当に出会ったことにもできる。今は特にそういうことができる時代だなと思っています。強く信じた者が勝っていく、そういう世界を基盤にして作ってやろうと。そのほうが演劇臭くて面白いし、信じたいものだけ信じたいこの時代に合ってるといえば合ってるし。

—クロワッサンは女性向けのメディアだからでもありますが、おそらくみんな、吉田が好きだと思います。

え、めんどくさいですよ、この人(笑)。

—そのめんどくささが、たぶん女性の誰もが心当たりのあるめんどくささで。

僕も以前、そのことについてのみ、書いたことがあるんですよ。自分が今いる場所は本当の自分がいる場所ではない、今の私の結婚生活は本物じゃない、っていう風に女性が思ったら恐ろしいなって。

—みんな思ってますよ。

思っているんだろうけど、でも実際に自分の傍の人がそう思ってたらって考えると怖いじゃないですか(笑)。男にとっては怖いし、女にとってはまた切実だし。
でも確かに吉田は、ここではないどこかを目指す女性として暴走していきますよね。

—冒頭で心を掴まれたのは、吉田ったら、道端で糞を踏みたいって言ってみたり、かと思えばドブ川では……

「私はここに住む人間じゃない」って言ったりね。めんどくさいのよ(笑)。なんだか彼女は『桜姫東文章』という原作を知ってか知らずか、自分で探ってるんですね。どっちに行ったら私の人生は面白そうかって。人を蹴落としてでも面白いほうに行きたいから。そこがこの劇の面白さ。

—こんなキャラクターを男性でよく書けるなと思いました。

桜姫という人は、原作の『桜姫東文章』でも欲望の塊で、17歳の女の子なのに実は強姦されて子どもを産んでいてしかもその男が忘れられなくてお揃いの刺青を彫って……っていう、ものすごく性に溺れた女なんですよ。それでどんどん堕ちていって、最終的には廓にいき、生まれはいいのに女郎言葉を使って、そのアンバランスさで話題になったんですよね。
元々が面白いから、僕自身は楽しく書いてました、吉田という奇妙なキャラクターを。

—鶴屋南北という人も、サービス精神が旺盛だったんですね。

うん、相当だと思いますよ。

—喜ばれるものはなんでも盛り込んだとも言われてますけれど、長塚さんにもそういう面はあるのではないでしょうか。

そんなことないんですよ、僕は静かな時間も好きだし(笑)。ただこの舞台は、照明だなんだって打合せしてると、四六時中大変なシーンばかりなのは確かですね。元の歌舞伎も名作だから、やっぱり見直されると面白いですよ。詰め込むだけ詰め込まれてる。

—楽隊を入れるというのもその一つですか?

楽隊はねえ、物語があるところに音楽ありというか。今でいうとチンドン屋さんだけど、昔はたとえばサーカスが来るっていうと呼び込みの楽隊が来て、その音楽がするほうを子どもなんかはつい追っかけて行って、テントで覗いちゃいけないものを見ちゃったり。
そういうイメージが、この台本を読んだ時にポワーンと浮かんだんですね。そのイメージを吉田が追っかける、物語を追う手がかりにもしました。彼らはずっと野次馬のように、気まぐれに、面白い物語のほうへ行く。

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