【白央篤司が聞く「自分でお茶を淹れて、飲む」vol.1】料理研究家・重信初江のおはようからおやすみまでのお茶ライフ
取材/撮影/文・白央篤司 編集・アライユキコ
あっさり甘めの煎茶が好き
SNSなどでの発信の端々から、料理研究家の重信初江さんはお茶を愛し、お茶する時間を大切にしている人という印象を持っていた。インタビューの冒頭から、「朝起きたらまず、お茶を淹れてます」と教えてくれる。(インスタグラムはこちら)
重信 緑茶を本当によく飲むんです。母が静岡の牧之原市出身なので、新茶の時期になると親戚がたくさん送ってくれるんですよ。母は7人きょうだいですからね、もうガンガン届きます(笑)。
物心つく頃には、緑茶を日常的に飲むようになっていた。牧之原市といえば、お茶が名物の静岡県内でも特産地であり、深蒸し茶が有名なところ。ちょうど取材中、「いつもおいしいお茶を送ってくれる」いとこの方からみかんが届く。重信さんは東京・世田谷育ちだが、静岡とゆかり深く育たれたようだった。お茶の好みは「うま味の強い玉露などよりも、あっさり甘めの煎茶が好き」とのこと。
重信 ただね、私は淹れ方とかそんなにこだわってないんです。せっかちなほうだし、朝は寝られるギリギリまで寝てるから「このお茶は何℃で淹れて」とかやってられないの(笑)。でも、お茶ってパッケージの裏に淹れ方が書いてあったりするじゃないですか。そのとおりにやると、やっぱり本当においしい。だから時間があるときは従っています。緑茶なら熱湯を1杯分湯呑みにとってから淹れたり、火を止めてすぐ淹れず、身の周りのことを少しして冷ましてから淹れたりするだけでも違いますしね。
生活のひと区切りに
ずっと静岡産の茶を日常使いにしていたが、近年は別の地域のお茶にも親しむ。
重信 ここ数年、一保堂さん(※京都に本店のある「一保堂茶舗」)とお仕事させていただく機会もあって、京都のお茶も飲むようになりました。同じ緑茶でも静岡のとはまったく違って面白い。私が馴染んできたお茶は深い緑色で、京都のは山吹色で。茶葉の適量も違う。もちろん、ものにもよりますけどね。家にずっといるときは1日8~10杯は飲むでしょうか。ただカフェインのとり過ぎも避けたいので、ある程度飲んだらほうじ茶に替えてます。ほうじ茶もカフェイン含みますけど、ね。
「母は私よりカフェインを気にして、緑茶は昼までしか飲まないんですよ」なんてことも教えてくれた。話を聞くうち、母娘が差し向いで座る「お茶の間」がおぼろげに浮かんでくる。
思い立って「お茶を淹れよう、休憩しよう」というスタンスではなく、生活のひと区切りに自然とお茶を飲む、お茶を淹れようと体が動く。お茶を飲むということは、重信さんにとって呼吸の次ぐらいに自然な「いつものこと」であるようだった。
重信 ほうじ茶は料理研究家の小堀紀代美さんの家に遊びに行ったとき、いただいて感激したのを私も買うようになりました。静岡の丸高農園さんの。一煎目、中国茶のような香りがするんですよ……!
試してみて、と手ずからお茶を淹れてくれる。おお、確かにほんのり華やかな香りで繊細な味わい。今まで体験したことのないほうじ茶だった。茶器に鼻をつけて重信さんも香りを嗅ぎ、「うん、やっぱりいい香りだよね」とポツリ。お茶を淹れてもらって飲み合い、香りを共有する。自然と気持ちが和んできて、取材中にもかかわらず、ホッとひと息ついてしまう。喫茶の持つ力のようなものをあらためて感じた。
中国緑茶にミントをどっさり入れて
さて、普段は他にどんなお茶を飲んでいるのだろう。
重信 気分を変えたいときは、ジャスミンティーやシナモンティーも飲みますよ。(料理本などの)原稿を書いて疲れたときなんかにね。
西荻窪のジャスミンティー専門店「サウスアベニュー」のがお気に入りで、飲みだしてもう6年以上になる。香りが特によく、飲むと癒しにもなり、疲労回復を感じるという。「アイスティー専用のがあるんですけど、暑い時期にめちゃくちゃいいの……! 清々しくて、生き返りますね」という言葉に実感がこもっていた。真夏にはフレッシュのレモングラスとミントでハーブティーも楽しんでいる。
重信 モロッコを旅したときに知ったんですが、ガンパウダーと呼ばれる中国緑茶にミントをどっさり入れて飲むんです。これも爽やかで、夏にすごくいいの。
重信 私、紅茶は日常的にあまり飲まないんですが、大西進さんの「teteria」のものは持っています。詳しい友人から薦められて試してみたら、やっぱりおいしくて。あと、二日酔いや食べ過ぎたときに飲むお茶というのもあるんですよ。一保堂さんの「いり番茶」はスモーキーな香りに胸がスッとして、いいんです。
お酒も大好きという重信さん、家での晩酌も「最後は必ずお茶を淹れてシメに」するそう。まさに、おはようからおやすみまでのお茶ライフ。小さい頃から良質な緑茶が常に身近な環境で育ち、お茶を淹れて飲むことは重信さんにとって生活と切り離せないものになっている。旅行の際にも必ずお気に入りの緑茶ティーバッグを携帯するという。状況や季節に応じて、好きなお茶を使い分ける自由さを見習いたく思った。
産地を指定して日本茶を選んでみた
帰り道、百貨店の地下で静岡のお茶を求めた。牧之原市のお茶を飲んでみたいと思ったのだった。
「今は取り扱いがないのですが、似たタイプですと掛川市のこの深蒸しのがおすすめですよ」と店員さんが教えてくれる。
正直に書くけれど、産地を指定して日本茶を選ぶのは今回がはじめて。これまでは気になったものをなんとなく買って、楽しんできた。外国産のワインはあれこれ考えて買っているのに……と、少々恥じ入る気持ちになる。
パッケージの裏に「おいしい淹れ方」として「茶葉6g、湯量200ml、温度80℃、時間30秒」とあった。開けたての袋に鼻を近づけ香りを嗅げば、甘い匂いが胸に広がって快い。指示どおりに淹れたら、茶器は翡翠のような色に満たされた。「短時間で色も味もよく出るのが深蒸し茶です」という店員さんの言葉を思い出す。渋みと苦みのバランスがよくて、ほんのり甘く、飲みやすい。
重信さんが馴染んできたのもこういうお茶だろうかと思いながら、味わっていただいた。