離婚と親権問題を 真摯に描く。映画『ジュリアン』(文・水無田気流)
沈鬱、けれども目が離せない映画だ。夫アントワーヌが娘に暴力をふるったことが原因で、離婚した妻のミリアム。冒頭は裁判所の離婚調停場面で、アントワーヌは11歳の息子・ジュリアンの共同親権と定期的な面会を要求。離婚後の共同親権は、日本では認められていないが、先進国では一般的な制度だ。子どもと離婚後の親との絆が保持される利点はあるが、本作で描かれるように、別れた元配偶者に問題がある場合、トラブルの元ともなっている。
ジュリアンの陳述は、「あの男はママをいじめてばかりいます」「ママのことが心配なので離婚はうれしい」「週末の面会を強制しないでください」というもの。
ミリアム側の弁護士は、ジュリアンがアントワーヌを拒絶しているのは明らか。それはアントワーヌが、ミリアムたちが暮らす実家に執拗に電話をかけたり、押しかけたりして、脅迫したからだと述べる。一方、アントワーヌの弁護士は、彼の同僚たちの陳述まで読み上げ、彼は子ども思いの穏やかな人物であり、ミリアムが一方的に、父子の絆を断ち切っていると主張する。
裁判の結果は、アントワーヌの共同親権を認めるというもの。ちょうど実家を出て新しいアパートメントに入居し、新生活に心を躍らせていたミリアムたちは、この知らせに打ちのめされてしまう。
終始、ジュリアン役のトーマス・ジオリアの表情が印象的だ。新居に移り、アントワーヌの影に怯えずに済むと期待し、部屋の隅にちょこんと座ったときの子どもらしい目の輝き。面会に訪れたアントワーヌの車の助手席に乗り込むときの、心を閉ざしたまなざし。アントワーヌが執拗に新居の住所を聞き出そうとすると、涙ぐみながらも押し黙るときの強い目線……。映画初出演とのことだが、母と姉を守ろうと必死に抗う姿が胸を衝く。
アントワーヌ役のドゥニ・メノーシェのキレっぷりと、普段の死んだ魚の目をした演技の落差もいい。家族に対し感情の暴走を隠さない、歪んだ性格の表現が、実に絶妙である。私の脳内では10年以上前のみのもんたが、「お嬢さん、そんな男、離婚して正解だよ!」と絶叫することしきりであった。
衝撃のラストには、しばし黙考させられた。家族政策先進国のフランスで、法制度が整備されてもなお残る、制御困難な家族の問題を正面から描いた良作である。
水無田気流(みなした・きりう)●詩人、社会学者。詩集に『音速平和』『Z境』。評論に『無頼化した女たち』『シングルマザーの貧困』等がある。
『ジュリアン』
監督、脚本:グザヴィエ・ルグラン 出演:レア・ドリュッケール、ドゥニ・メノーシェ、トーマス・ジオリアほか 東京・新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中。
『クロワッサン』990号より
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