『ラヴィアンローズ』村山由佳さん|本を読んで、会いたくなって。
殺意の描写はものすごくしんどかった。
撮影・森山祐子
ピュアな純愛から生々しい性愛まで、女性の心の奥底を描く恋愛小説に定評のある村山由佳さんが、新境地を拓いた。今作では初めて、人間の〝殺意〟と対峙し、サスペンスの要素を盛り込んだのだ。
「自分の体験をもとに〝殺意の芽生える瞬間〟を描写する。それが、今回の執筆の出発点でした」
バラを使ったフラワーアレンジメントの教室が人気で、カリスマ主婦としてその暮らしぶりを紹介した著作も好評の主人公、咲季子。夫の道彦は、「お前は頭が悪いから」などと彼女を見下し、「男性との仕事は避けること」など干渉も激しい。けれど、普段は優しい彼を怒らせる自分が悪い、夫に愛されている自分は幸せだと健気に信じる咲季子は、昨今話題のモラハラ夫に抑圧される主婦そのものだ。しかし、年下の男・堂本との恋愛によって新たな世界を知り、ある時、夫への殺意が芽生え……。
「私自身、元夫との離婚の直前、ああ、殺意ってこういうものかとリアルに感じた瞬間がありました。きっかけは、“お前には一人で何かするような能力はない”という、作中、咲季子に向けられる台詞とほぼ同じ言葉。私にとっての仕事の重みを一番理解しているはずの人がなぜそんなことを言えるんだろうって、サーッと血の気が引きました。元夫への恨みは消えても、その言葉は鮮明に残っています」
キッチンでの道彦との口論、殺意、そして……。小説の核となるこの場面の描写は、あまりに生々しく鬼気迫るものがある。
「フィクションとして描いていたつもりが、このシーンだけは、自分の中の片づけられていなかった問題がどんどん溢れてきてしまって、咲季子と重なった。彼女の感情や体験が自分の内側に侵食してくるようで本当にしんどかったです。ご飯を食べられなくなって、嫌な夢もいっぱい見ました(笑)」
物語の終盤、本当の意味での自由を手に入れた咲季子は、表題にもなったエディット・ピアフの名曲を聴きながら人生を思う。邦題は「バラ色の人生」。彼女にとっては最大の皮肉であり、紛れもない真実でもあると村山さんは言う。
「ラストについては、読者の反応が様々でおもしろかった。男性からは“すべてを失った咲季子が哀れ”“救いがない”という声があったり、女性は“咲季子は凛としてかっこいい”“すがすがしい”と言ってくれたり。私は一つの幸せのかたちだと思って描きました」
この結末、どう読むかは読者の価値観に委ねられている。