【女の新聞 100年を生きる】お笑い芸人「おばあちゃん」──72歳で“若手”デビューした吉本芸人「一度きりの人生、楽しみ尽くさなきゃもったいない」
撮影・土佐麻理子 文・寺田和代
自分一人でできる、声を出す、動く。退職後の人生はこの3つを満たせることをしたい、とずっと考えてきた。だから71歳で吉本の芸人養成所NSCに入学を決めた際も、他人が想像するような不安や気後れはほとんどなかった。
「人を笑わせ、自分も笑うことが昔から大好き。同級生に会うと、教室でいっつも笑ってたねって」
芸名おばあちゃん、78歳。2023年に、神保町よしもと漫才劇場の所属を賭けたオーディションバトルで約500組の中から勝ち上がり、史上最高齢で劇場所属芸人となった(所属メンバーは2カ月ごとにオーディションで決まるため、現時点では非メンバー)。2024年には初の主催ライブも開催した。
上昇志向の強い若者がひしめく芸人の世界で、後ろ盾のない70代女性が吹き飛ばされずにやってこられたのはNSC時代からの恩師で構成作家・山田ナビスコさんの存在が大きかったという。
「笑ってもらおうとかウケようとしなくていい。おばあちゃんはおばあちゃんのペースで、と。そのとおりにしたら(オーディションに)受かって、こんな場所まで」
自らの老いを明るく笑った川柳ネタも、山田さんの助言で取り組んだ。
「たとえば〈チャイム鳴り やっと出たのに 不在票〉。同世代の方は即座にクスッて笑ってくださるけど、若い人は、早く出りゃいいじゃん、と。そのうちに、あ、そっか、と笑ってくれる。等身大の芸を笑ってもらえて救われます」
舞台で言葉をド忘れする事態を避けるため川柳は短冊に書いて左ポケットに忍ばせ、読んだら右に。老いの苦労を全部見せてしまう。その姿にお客は安心し、わかるわー、ふふふ、と笑ってしまうのだ。
したくてもできなかったことが今ならできるって最高に幸せ
年齢不問の生き方の根底には、30代で患ったステージ4のがんを生き延び、同じく大病した夫や兄弟を看た経験から得た「一度きりの人生、楽しみ尽くさなければもったいない」との信念がある。
「年をとって時間ができ、若い頃はしたくてもできなかったことができるって最高に幸せ。自分だけじゃなく夫にもそうあってほしい」
夫は、妻のNSC入学も芸人デビューも反対しなかった。おばあちゃんを常に快く送り出し、釣りと魚料理好きの腕を活かした料理をはじめ家事全般を分担し合い、そのことで芸人活動を応援し続ける。
「夫は夫で好きな趣味を心残りなくやってきた充足感が。そう生きてくれて私もうれしい。互いに自由に好きなことを追求できますから」
ネタやトークをしながら日本一周するのが当面の夢。人生を楽しみ尽くした先は、釣り好きの夫の希望に付き合って海に散骨してほしいかなぁ、と楽しそうに呟いた。
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マガジンハウス クロワッサン編集部「女の新聞」係
『クロワッサン』1147号より
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