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『裸足でかけてくおかしな妻さん』著者 吉川トリコさんインタビュー「妻も愛人も母も、役割なんてふりほどけ!」

身重の体を電車に乗せ「世界の果て」にやってきた20代の楓。迎え入れる40代の野ゆりとの共同生活の行く先は。『裸足でかけてくおかしな妻さん』──本を読んで、会いたくなって。著者の吉川トリコさんにインタビュー。

撮影・石渡 朋 文・鳥澤 光

吉川トリコ(よしかわ・とりこ)さん 1977年生まれ。2004年、「ねむりひめ」で女による女のためのR‐18文学賞を受賞し、短編集『しゃぼん』でデビュー。島清恋愛文学賞受賞作『余命一年、男をかう』、映像化された『グッモーエビアン!』、長編『あわのまにまに』など著書多数
吉川トリコ(よしかわ・とりこ)さん 1977年生まれ。2004年、「ねむりひめ」で女による女のためのR‐18文学賞を受賞し、短編集『しゃぼん』でデビュー。島清恋愛文学賞受賞作『余命一年、男をかう』、映像化された『グッモーエビアン!』、長編『あわのまにまに』など著書多数

知らず知らず“自分の感覚”だと思い込んでいる“ふつう”が、ドライブする感情に蓋をする。そのリミッターは誰のため? 身に、心に染み付いたものは外せないなんて誰が決めたの? 正しさや誤りのもっと手前、読み手の生の感覚に揺さぶりをかけるのが吉川トリコさんの最新小説『裸足でかけてくおかしな妻さん』だ。

売れっ子作家・金村太陽の子を妊娠した楓は、1時間に1本しか電車が停まらない田園地帯にやってきた。引っ越し先である太陽の生家には太陽の妻の野ゆりが暮らしている。東京から遠く離れた岐阜の片隅で奇妙な三人暮らしが始まるかと思いきや、男はひとり東京へ帰ってしまう。

「作家の妻と愛人が同居するという出だしから、女同士が憎み、いがみあうドロドロした展開を予想する人も多いかもしれません。でもそうじゃないんです」

野ゆりはかいがいしく楓の面倒をみる。初めて一緒に囲む食卓には、湯気をたてるとうもろこし、雑穀米のおにぎり、オクラの煮浸し、味噌汁と糠漬けを並べ、「無理しないでいいから、食べられそうなものがあったら食べてみて」と声をかける。冷奴や自家製納豆をすすめ、砂炒り製法のむぎ茶をグラスに注いで、楓ばかりか読み手の喉と胃まで刺激する。常識はずれの二人暮らしに楓は戸惑うものの、ほかに行くあてもお金もない。せめて無理難題を言って困らせようと、近所にはない「マックのポテト」をリクエストしたりする。子どもが生まれたら取り上げられてしまうのではないかと危惧もする。

「対立や分断ではない二人の関係を書いて、それに説得力を持たせるためには楓と野ゆりの心の機微をきっちり書くことが肝要でした。だから、マジックペンから鉛筆に筆記具を持ち替えるように、揺らぎや矛盾も削ぎ落とさず、精密に正確に描写していきました」

女と女を対立させるものから裸足で逃げ出そう!

これまでも作品の軸に女性をすえ、女性同士の関係や様々な家族の形を書いてきた吉川トリコさん。本作が生まれたきっかけのひとつに『源氏物語』があったという。

「六条御息所が生き霊を飛ばすのは嫉妬というより自分が情けなかったからだと読めるし、紫の上も明石の上も花散里も尊重しあいひとつ屋根の下で暮らしている。じゃあ常識みたいなふりをして、女と女を対立させているものは何? 三角関係にドロドロを予想してしまうのも、誰かやなにかによってそう仕向けられているだけなんじゃないか?と考えていきました」

戯画化され、妻や愛人や母や娘といった役割を振り分けられそうになる女性たちを丹念に観察する。人物の背景を、彼女たちが生きる社会の構造まで含めて描き出す。

「個人の努力不足ではなく、家父長制をはじめとした社会にある問題を提示したうえで、いつでもそこから出ていけるんだ!と小説を通して伝えたいんです。私も逃げる! みんなで逃げよう!」

身重の体を電車に乗せ「世界の果て」にやってきた20代の楓。迎え入れる40代の野ゆりとの共同生活の行く先は。 新潮社 2,255円
身重の体を電車に乗せ「世界の果て」にやってきた20代の楓。迎え入れる40代の野ゆりとの共同生活の行く先は。 新潮社 2,255円

『クロワッサン』1143号より

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