『曇りなく常に良く』著者 井戸川射子さんインタビュー「高校生たちに伝えたいことを書いた」
撮影・吉村規子 文・堀越和幸
母の再婚で幼い弟妹が増えたハルア、恋愛に打ち込みたいスポーツ少女のナノパ、鼻の形がコンプレックスのダユカ、会話下手に引け目を感じているシイシイ、家計のためバイトに明け暮れるウガトワ。井戸川射子さんの新作は、高校2年生の仲良し5人が主人公だ。
10年間、高校で国語の教諭を務めていた井戸川さんは、本作を手がける前に退職をして専業作家となった。
「辞める直前の3月の大掃除の日に改めて教室を見渡してみると、わあ、自分はこんなにキラキラした存在と一緒にいたんだと思い、そのことを忘れないうちに書かなければと作品に取り掛かりました」
小説は一人称で、5人それぞれの視点で綴られる。
「ほかの人のことはわからない、ということが一人称の語りでは強調されるので、自分の目からしか見られない不確かさや、俯瞰するというよりは没入する感じで書きたかった」
と語る井戸川さんはさらに、
「いや、自分のことしかわからないどころか自分のことさえわからない、というのが人間なんだよな、と常々思うところがあって」
こっちのほうが楽だよと伝えてあげたい……
学校は“特別な場所”だ、と井戸川さんは思う。
「皆であまり差異のないよう振る舞って、気軽に代えられない、学校は不思議な空間。私が教師をしていたから、過剰にそう思うのかもしれませんが」
そんな縛られた特別な空間の中で、冒頭にも記したように、5人の仲良し女子高生はそれぞれの悩みを持っている。
「が、その悩みだって決して一つというわけではない。人間の個性は小さなことの積み重ねでできているから、悩みも重層的で他者と重複する部分はいくらでもある」
例えば、こと10代特有のものとも言える容姿に対する自意識。
「本当は外見のことを書くのは嫌なんですが、この年頃だと気にするよなと。でも、そんなことは大事ではないよ、という雰囲気では書いたつもりです」
ダユカはシイシイの顔を自分がなりたい顔だと思う。のみならず、前髪と後ろ髪の分かれ方にまで羨ましさを感じることすらある。10代の頃、似たような思いにかられたことは誰にもあるだろう。
「外見なんかないように振る舞いたい。そのほうが楽だから。もし私が成長をしたからそんな境地に行けたんだとしたら、こっちのほうが楽だよと伝えてあげたい」
5人の悩みは作品中で解決するわけではない。けれども──。
「今まで作品を書いてきて、誰に向けて書きましたか、と聞かれることがよくあったんですが、実はそういうことを考えたことがありませんでした。でも、本作は、高校生たちに伝えたいことを小説にした、という意識があります」
それにと井戸川さんは続ける。
「今はもう教師ではないので、書くしか伝える術がないんです」
『クロワッサン』1143号より
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