「着付けを通じて、少しだけ、誰かの役に立てる。そのことがうれしくて。」モデル・前園さおりさんの着物の時間。
撮影・青木和義 ヘア&メイク・高松由佳 着付け・奥泉智恵 文・西端真矢 撮影協力・YAECA HOME STORE
江戸小紋が好き。角通し模様のこの一枚は、さまざまな場面に重宝します。
モデルの前園さおりさんが、本格的に着付けを学んでいるらしい――そんな噂をキャッチして会いに行った。
「きっかけは雑誌の連載だったんです。私は歴史が好きで、撮影の待ち時間にスタジオで戦国史の本などを読んでいることが多かったのですが、それを見た編集者の方が『日本各地を旅して、伝統文化に触れる連載をしませんか』と声をかけてくださって」
仙台のこけし、沖縄のミンサー織……時には手を動かして製作にも挑戦した。その中で、次第に、自分も何かしら伝統文化に携われたらと考えるようになっていたという。
「思い浮かんだのが着物でした。着付けを習得すれば、着たいのに着られないでいる方の助けになれますよね。私は15歳からモデルを始めて、もちろんこの仕事にやりがいを感じていますが、もう少しダイレクトに人の役に立っていると実感できることも、何か始めてみたいと思っていたんです。着付けを学べばその夢もかなえられるかな、と」
2つの着付け学院に通って合計7年間学び、資格と技術を身につけた。たとえば成人式の日には学院の仲間とともに早朝から会場に詰め、数十人にのぼる成人に振袖を着付け、送り出す。七五三では親子をともに着付けて、家族の節目の日を裏方として支える。見事に長年の夢をかなえたのだ。
「その中で私自身の世界も広がりました。あくまで人に着付ける“他装”に邁進してきましたが、紐の締め具合など、着付けられた時の感覚を理解するためには、自分でも着てみることが大切なんですよね。それで着始めたら、純粋に楽しくて」
今は子育て真っ最中ということもあり、入学・卒業式や七五三など、フォーマルな機会に着ることが多い。もちろん2人の子どもたちの着物は前園さんが着付けている。
「少し丈を詰めて足さばきを良くしたり、ボタンで着脱できるようにしたり。楽に着られる工夫をすることが、また楽しいんです」
今日の着物は長女の入学式で着た一枚。
「私は身長が高いので、標準的な女性用の反物だと特に裄(ゆき)の分が出ず、なかなか着られるものがないんです。そんな事情を知っている着物店のご主人が『男物の江戸小紋で誂えてみたら』とご提案くださって。角通し模様なので格が高く、袋帯を合わせれば式典に、今日のように名古屋帯なら気軽な集まりに。背紋を入れず、幅広く楽しんでいます」
帯は鳥獣戯画の名場面を織り出したもの。
「以前、京都ロケに行った時に一人で延泊して高山寺に展示を見に行ったほど、鳥獣戯画が大好きなんです。グッズも少しずつ集めていて、こちらの帯は50歳の誕生日の記念に購入しました。帯揚げは着物の端切れを縫い合わせて手作りしたもの。帯締めも着付け学院の組紐クラスを受講して、自分で組んだものです。バッグは夫の祭り半纏(はんてん)からのリメイク。ハンドメイドも大好きなんです」
今、寝たきりの人や車椅子利用者に着物を楽しんでもらうという、新たな目標に取り組んでいる。
「着付けやすく作られた特別仕様の着物もありますが、私は、お手持ちの着物をそのまま着付けるメソッドを学びました」
それだけでももう充分に思えるが、障害のある人の体の動きや安全な介助をさらに深く知りたいと介護施設に通い、知識と経験を積み重ねてきたという。
「『もう着られないんだなってあきらめてた、お気に入りの着物があるのよ。あれ、もう一度着られるようになるの? 楽しみね』と、車椅子のおばあちゃんが顔を輝かせてくれるのがうれしくて。あともう少しだけ勉強を重ねて、いよいよ動き出したいと思っています」
『クロワッサン』1125号より
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