自然の中で、ゆっくり過ごす。夏を乗り切る山暮らしのすすめ。
撮影・土佐麻理子 文・長谷川未緒
無理なく、快適に過ごすためには 家族全員の協力が不可欠。
2拠点暮らしに 向く人・向かない人。
都会の喧騒から逃れ、緑深い自然の中で、涼しさにひと息つく家族と、ときには友人・親戚も交えながら、のんびりと密な時間を過ごすと聞けば、なんともうらやましい限り。だがそんな山の家も、快適に暮らすには、それ相応の手間がかかる。
ウッドデッキを掃除したり、タープ(ウッドデッキに取り付けた雨よけシート)を洗ったり、窓を拭いたり。家を居心地よく保つための作業も楽しめるタイプでないと、山の家を維持することは難しいだろうと、相場さんは言う。
「やっぱり拠点が2つあると、それだけ負担がかかるんですよ。だから、家事全般を妻任せにしている夫婦には、オススメできませんね」
と語る相場さん自身は、山の家での家事を積極的に引き受けている。飲食店を経営していることもあり、料理も掃除も得意なほうだが、それでもかなり大変だ。
「山の家の家事をやってみて、妻が東京の家でやってくれていることのすごさがよくわかりました。妻はとてもきれい好きなんです。その基準で家を整えたいと思うのですが、なかなかできないですね」
ふだんはまったくけんかしない夫妻だが、山の家に通い始めたころは、年に1回は大げんかしていたそう。
「今は落ち着きました。妻がちょっとした不満には目をつぶってくれていることに、感謝しています」
また、山の中ならではの気候とのつきあい方には、工夫がいる。
たとえば湿気だ。木々に囲まれているため湿度が高く、夏でも洗濯物が乾きづらい。クッションや布団など布製品にカビが生えてしまうこともあるため、除湿機と布団乾燥機は必須だ。生ゴミだけではなく紙ゴミにもカビが生えるので、東京へ戻るときにはゴミひとつ残せない。
冬は寒さが非常に厳しく、積雪量も多いことから、水道栓の開け閉めといった小さなことから、雪かきや薪の用意など、体力が必要な仕事も数多くある。
日々の食材の管理も、最初は悩みのタネだった。毎回、冷蔵庫を空にしなければならないと考えると、山の家に行くこと自体が億劫になってしまう。
そこで大きなクーラーボックスを購入し、東京の冷蔵庫にある食材を那須へ運び、那須で使い切れなかったものは、また東京へと持ち帰ることにした。そうすることで、日常の延長線上で山暮らしができ、気が楽になったという。
そもそも、家族揃って東京と山の家を往復すること自体、相当なパワーのいることだ。
「友人が、『家族と旅行すると、出発の時間になっても揃わなかったり、何かしようとしても意見が合わなかったりするから、ストレスだ』って言うんです。うちは子どもたちが小さいころから、旅によく出ていたおかげか、いざ動く、となったときのまとまりがいいんですよ。毎回、移動のたびにイライラしていたら、ぼくも山の家に来ることが面倒になってしまうでしょうね」
楽しく快適な2拠点暮らしは、日々生じる小さな困りごとをきめ細かく解消していく夫婦の密なコミュニケーションと、子どもたちの自発的な協力なくしては、成立しないということかもしれない。
20年先も、家族揃って 夏を過ごせる場に。
いまのところ、相場さんにとって山の家は、夏休みを中心とした休暇を過ごす場だが、いずれは一年を通じて暮らしてみたいと思っている。
「ここがすごく気に入っているんです。夏のまぶしい緑が、秋には見事に紅葉し、冬の枯木立も見応えがあります。子どもたちも大きくなったら独立しますし、夫婦ふたりになったときに暮らす場所の候補として、お試し期間を過ごしたいな、と。妻は、ぼくが死んだらこの家は手放すと言っていますけれど」
と相場さんが笑うと、
「だって薪ストーブひとつとっても、ひとりじゃ管理できないですよ。息子のほうが慣れているので、手伝ってくれるならいいですね」
と千恵さん。
とはいえ、それはまだまだ先のこと。山の家で過ごすのも小さいうちだけと思っていた子どもたちだが、これからも一緒に来たがる予感がしている。東京にいると、それぞれが忙しくバラバラになりがちな家族も、山の家では、ともに特別な時間が過ごせる。きっとここで、夏の思い出をますます増やしていくことだろう。
「山の家で過ごした経験が子どもたちにとってなんらかの糧になり、いつか、彼らが友だちや恋人を伴い、ぼくらとここで夏を過ごすようになってくれたら、それほどうれしいことはありませんね」
相場正一郎(あいば・しょういちろう)さん●レストランオーナー。イタリアンレストラン『LIFE』オーナーシェフ。現在、5店舗のレストランを運営している。妻の千恵さん、2人の子どもと都心に4人暮らし。
『クロワッサン』999号より
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